どうやったら、誰かに自分を認めてもらえたことになるのだろう

周囲から認めてもらう(承認を貰う)のではなく、自分で自分をありのまま認める(承認する)必要があるとは、どういうことなのかを説明する前に、そもそも、誰かに自分を認めてもらえたとは、具体的に、どういうことを指すのでしょうか。

 

仮に、あなたが、Aさんに自分を認めてもらいたいと思っていたとします。


実際にあなたが、Aさんから認めてもらえた場合。
あなたは何故、Aさんから認めてもらえたと判断したのでしょう。


恐らくあなたは、Aさんが、

Aさんが、あなたの思い通り(望んだ通り)もしくはそれ以上の反応をしたかどうか

によって、Aさんに自分を認めてもらえた(認めてもらえない)と判断しているはずです。


Aさんに自分を認めてもらえたと、あなたが感じ、判断した場合。
あなたの中では「Aさんに、自分を認めてもらえた」となります。


反対に、Aさんに自分を認めてもらえないとあなたが感じ、判断した場合。
あなたの中では「Aさんに自分を認めてもらえない」 となります。


でも、Aさんが、あなたの思い通りの反応をしたからといって、本当に、あなたを認めているとは限りません。


反対に、Aさんが、あなたの思い通りの反応をしなかったからといって、あなたを認めていないとは限りません。


Aさんが、本当にあなたを「認めたかどうか」は、Aさんにしか知る由のないことです。


もしかしたら、Aさんは、本心とは異なる、口から出まかせが出ただけかもしれません。
Aさんの出まかせによって、あなたは、自分を認めてもらえたと判断したのかもしれません。


Aさんが、本心から認めているけれど、態度には表さなかっただけなのかもしれません。
Aさんの態度が、あなたの思い通りではなかったことで、あなたは、自分を認めてもらえなかったと判断したのかもしれません。


Aさんが、あなたを認めたとしても、あなたが「そんなことないですよ」「私なんて・・」といった具合に、Aさんが認めてくれたことを、あなたが否定してしまうのかもしれません。


「周囲からの承認を求める」といっても、本当に、Aさんがあなたを認めているのかどうかは関係ないのです。


結局のところ、実際に、周囲の誰かや何かが自分を認めてくれているかどうかではなく、周囲の誰かや何かが、自分の思い通りに動いたか、動かなかったかによって、自分を認めてもらえた・もらえなかったと自分で判断することを通じて、自分を認めたり、自分を認めなかったりしているに過ぎません。

 

だから、誰かに自分を認めてもらう為に、ありのままの自分を抑えるという動き自体、ムダなのです。

 

とはいえ、ずっと、誰かに自分を認めてもらう為に、ありのままの自分を抑えると、うまくいくと思い込んでいるクライアントさんに対して、ムダだから、ありのままの自分を認めてと伝えた所で【大人仕様】の欲の認め満たし方が身に付いていませんし、実行できる状態にはありません。

 

なので、まずは自己充足し、飢えを満たして、次のことが考えられる状態を作るのです。