2017.06.27 頑張れば頑張る程、状況が、対人関係が悪化していく(子供仕様)の対応

というタイトルを付けましたが、このネタが出てくるのは、後半です。

 

本日は長文なので(いつもだけれど)時間に余裕のある時にお読みくださいませ。

経験や感覚を言語化して、知識として「ありのまま認める×EFT」を理解したい!

足掛け8年に渡る取り組みの中で、私の中では常に色々な疑問が湧いていました。


疑問を解くにあたっては、何故かわからないけれど、自分やクライアントさん達の思考や感情、言動等を、EFTの手法を通じて、ありのまま認め満たしたら変化が生じたということが、先行していました。


つまり

【現状】問題や悩みに対応して、うまくいかないと感じて、躓いている
【方法】出来事に対する、自分(クライアントさん)の視点・思考・感情・言動等を、ありのまま認め満たす
【結果】変化する

という流れが予めわかった上で、取り組んでいたということです。

 

私は、何故、出来事に対する自分(やクライアントさん達)の視点・思考・感情・言動等を、ありのまま認め満たすことが、変化に繋がるのか「経験や実感」だけではなく「知識・言葉」としても知りたいと思いました。


これは、EFTをサービスとして提供している以上、必要なことだと思っていました。

 

なので、自分の取り組みやクライアントさんとのセッションの傍ら「経験や実感」を「言語化して知識化」「体系化」する作業を行っていました。

自分やクライアントさんの動きを細部も含めて言語化する

「言語化して知識化」するにあたってやっていたのは、過去の自分やクライアントさん達の、セッション前・中・後の視点・思考・言動・得た結果・その後といった動きを細部も含めて、言語化するということです。


細部とは「クライアントさん達が放つ言葉に含まれている、普段は一切表現されることのない意味」を指しています。


何故、細部も含めて言語化していたのか、理由があります。

 

問題解決するには、言葉に含める意味や、視点・思考方法・定義といったものを互いに共有した状態で、セッションを行う必要があるのです。


私・伊藤とクライアントさんは、「日本語」という同じ言語を使っていますが、セッション前は、言葉に含めている意味も、視点・思考・言動といったものの扱い方も異っていることがほとんどです。


仮に、セッション前に
・私が「あるがままにあるとする視点」
・クライアントさんが「あるがままにあるとしない視点」
にあるとしたら、間違いなく互いに「言葉に含める意味」が異なります。

 

視点・思考・言動、言葉に含める意味、定義といったものが異なったまま、セッションを進めようにも、話が全くかみ合わなくなります。


話がかみ合わなければ、クライアントさんは納得も、理解もできません。

 

必要な手を打つ所で打てない、やらなくていいことをやるといったことも起きます。

 

結果的に、問題が大きくなってしまいます。


そうならない為に、ありのまま認める×EFTでは、自然な流れで「あるがままにあるとしない視点」から「あるがままにあるとする視点」が少しずつ身に付くように、セットアップフレーズやリマインダーといったEFTで使う言葉に色々と仕掛けをしたり、クライアントさんへの解説を加えたりしています。

言語化・知識化・体系化を通じて「ありのまま認める×EFT」って、本質・特性を活かす取り組みだと気づく

ありのまま認める×EFTは、問題解決(本質を活かせない(子供仕様)の対応方法から、本質・特性を活かす(大人仕様)の対応方法へと立て直す)を目的にセッションをしています。


「経験や実感」を「細部に渡って、言語化して知識化」「体系化」する過程で、取り組んでいた内容は

【現状】本質・特性を自ら抑え込む(もしくは誰かの本質・特性を抑え込ませることで、自分を通そうとする)ことで、躓いたり、問題が生じたりしている
【方法】クライアントさんの本質・特性を発揮することを選択する
【結果】変化する

だと気付いたからです。

 

「本質・特性を活かせない状態」になると

時間・労力・お金を、必要な所に活かせず、肝心な時に「ない」という状態になる


対人関係は、常に相手に「自分の思い描いた通り」であることを望む為、互いの違いを尊重できず、どちらかが犠牲の上で幸せが成り立つ


関係が良好なのは「内心どう思っていたとしても、表面上、自分と相手が同じ」である時だけ


支配的・従属的な関係になる為、従属側が抑えているうちは、問題が表面化しないが、水面下では発生している

 

互いの違いが顕著になったり、従属側の我慢の限界が来て、爆発が生じた場合は、問題が表面化し、関係は悪化する


悪化した関係を立て直そうにも「自分と周囲の違いの尊重の仕方」を身に付けていない為、立場を逆転させ「押さえつけた方が、我慢する」という選択をし「変化・うまくいった」と捉えることを繰り返す。必要な手を打てない為、その場凌ぎを繰り返しながら、問題を大きくしてしまう

といったことが生じます。


「本質・特性を活かす状態」とは

本質・特性が活きると、時間・労力・お金は必要な所に活かし、さらなる実りに繋がる


対人関係は、互いの違いを尊重した状態で、発展する


その結果、自信が積み重なる


のです。


クライアントさんが、本質・特性を発揮するにあたって一時的に「ツライ・キツイ・怖い」「面倒くさい」「やりたくない」と感じることは少なくありません。

 

なので、ありのまま認める×EFTは、感情解放をした後に
・「ツライ・キツイ・怖い」「面倒くさい」「やりたくない」に折り合いをつける
・自分がどうしたいのか、躓きがどこにあるのか、やる必要のある事は何なのかを把握する


といった具合に、納得した状態で、やる必要のあることをする為の取り組みをしながら、本質・特性を発揮する為の土台を1つずつ積み上げていきます。

 

最初のうちは、(子供仕様)の対応で作ってきた、沢山の傷の手当をすることで精いっぱいかもしれませんが、少しずつ、自ら思考し、行動する力がついてくます。

 

先を見越した上で、問題となりそうなものに先手を打ったり、思いがけないことがあっても、そこからハンドルを切り返して立て直したりしながら、実りを得ていきます。

 

いきなり変化が加速する時もあります。

 

そうなった時は、積み重ねてきた土台を使ってハードルを越えていきます。

私は、愛されないって、具体的にどういうことを指すの?

話を戻します。

 

「クライアントさん達が放つ言葉に含まれている、普段は一切表現されることのない意味」といっても、ピンとこないと思うので、例を使って説明します。

 

例えば、私・伊藤が、クライアントさんにヒアリングをした際に、クライアントさんから
「私は、パートナーから愛されていない」という内容が出てきたとしましょう。

クライアントさんの言う「私は、パートナーから愛されていない」とは、具体的にどういうことを指しているのでしょう。


具体的に、何をもってクライアントさんは「私は、パートナーから愛されていない」と判断しているのでしょう。


反対にクライアントさんにとって「私は、パートナーから愛されている」という状態は、どういうことを指すのでしょう。

私は、クライアントさんが回答に詰まるであろうことと、どのように「私は、パートナーから愛されていない」と判断しているのかを予めわかった上で、上記のような質問をすることがあります。


クラアイントさんへ意地悪している訳ではありません。
正解を求めている訳でもありません。


これが「クライアントさん達が放つ言葉に含まれている、普段は一切表現されることのない意味」を知る作業なのです。


ほとんどのクライアントさんは、
・何かしらの対応をして「私は、パートナーに愛されていない」と言っている


日常生活においては確かに「私は、パートナーに愛されていない」と判断する場面が生じているし「パートナーに愛されていない」と感じている


・でも、「パートナーに愛されない」とは、具体的にどういうことなのか、説明できないし、自分でもよくわからない。
という状態になっているのです。

 

「パートナーに愛されない」とは、どういうことなのか説明できないし、よくわからない状態で、パートナーに愛されていない判断したり、感じたりした結果、パートナーに対して愛される為の行動して、愛されていないと判断している」って少し不思議ですよね。

 

実は、ここに、躓きの種が色々隠れているのです。

 

躓きを明らかにする過程で
・本当は、パートナーから愛されているのに、自分は愛されていないと判断している
・本当は、パートナーから愛されていないのに、自分は愛されていると判断している
ということは、よくあります。


前者は、知らず知らずのうちに、自分の本質や特性を抑えて、パートナーに愛されるように振る舞おうとします。


後者は、知らず知らずのうちに、パートナーの本質や特性を抑え込ませて、パートナーを自分の思い通りに動かそうとします。


結果的に、双方共「知らず知らず」を積み重ねる度に「関係が悪化する流れ」にはまっていきます。

 

実は、この手の話はパートナーに限らず、様々な対人関係で生じています。
セッションでも沢山の方から、出てくる内容です。

 

なので、私・伊藤は、セッションにおいて「クライアントさん達が放つ言葉に含まれている、普段は一切表現されることのない意味」を把握した上で
・クライアントさんの躓きが、どこで起きているのかを判断する
・本当に欲しいものを得る為に、何が必要なのか
といったことを判断し、本質・特性を活かす選択が出来るようにセットアップフレーズやリマインダーを作っていきます。

感情解放止まりのEFTで気をつける必要のあること

感情解放止まりのEFTであれば、セッション提供者とクライアントさんの「言葉に含める意味や定義」といったものが異なっていたとしても、全然問題はありません。


クライアントさんが
●本当は、パートナーから愛されている(のに、自分は愛されていないと判断した)状態で
「パートナーから愛されていないと感じている自分を認める」というEFTをして、自分がラクになるのであれば、何も問題はありませんよね。


●本当は、パートナーから愛されていないのに、自分は愛されていると判断している状態では、実際はどうであれ、自分の中ではうまくいっていることになっているのだから、感情解放を使おう、問題解決しようとは思わないですものね。


ただ、前者も後者も、気を付けなければならないことがあります。


双方の状態では、パートナーの雰囲気・言動等によって「パートナーから愛されている・いない」を判断しています。

 

前者は「パートナーから愛されていないと感じている自分を認める」というEFTをして、ラクになったとしても、これは一時的なことです。

 

日常生活において、知らず知らずのうちに「パートナーから愛されている・いない」と判断する機会は、結構多いのです。


「パートナーから愛されていない」と判断する機会が多いと、不安定になります。


その為、知らず知らずのうちに、自分の本質や特性を抑えて、パートナーに愛されるように振る舞ってしまうのです。


これをやると、一時的にうまくいったと思えるかもしれませんが、前述した通り「関係が悪化する流れ」に足を突っ込みます。


そうならない為には「パートナーから愛されていない」と感じる度に、意識的に、EFTをするとよいです。


一時的なラクを、ずっと保ち続けられるからです。

 

この場合は、一時的なラクを保ち続ければ「(本人は愛されていないと感じているけれど)実際はパートナーに愛されている」という状態にいられますよね。

 

ただ、できれば根本に手を打った方が良いと思います。

 

パートナーに愛されているのに、愛されていないと感じて不安定になる場合、時間・労力・人間関係・自信のロスが生じるからです。

 

親密な関係において、この状態に居続けるのは、もったいないです。


後者は、知らず知らずのうちに、パートナーの本質や特性を抑え込ませて、パートナーを自分の思い通りに動かそうとする動きに、気を付けなければなりません。


前述した通り「関係が悪化する流れ」に足を突っ込むことになるからです。


加えて、後者は、仮にパートナーが何か言ったとしても、強気にでて、パートナーの本質や特性を抑え込ませる行動に出る可能性がとても高いです。


「実際は、パートナーに愛されていないのに、自分は愛されていると判断している」場合、「私はパートナーに愛されているから、大丈夫」という状態になりやすいからです。

 

「私はパートナーに愛されているから、大丈夫」と思っていても、パートナーが水面下で我慢しているだけということは、よくあります。

 

パートナーの我慢が爆発して、初めて問題は表面化します。

 

ただ、この時点ではすでに問題が深刻になっていることは、少なくありません。

 

じゃあ、どうしたらよいのでしょう。

 

我満を通り越して、諦めの境地に辿り着けば、その場を永遠に凌げます。

 

ただ、諦めたといっても、今までの我慢が積み重なっている分、思い出してはむかつく、顔も見たくない、ストレス発散が必要・・といった具合に、いらなく労力・時間・お金・人間関係のロスの連動が生じるのです。

 

どこまで行ってもロスの連動、そして何とかその場を凌いでいく。

 

これが(子供仕様)の頑張り、努力であり、怖いところなのです。

気を付けてと言われても、気を付けようがない実態

「関係が悪化する流れ」に足を突っ込まないように気を付けてと言っても、実の所、セッション前のクライアントさん達は、気を付けようがありません。


何故なら
・知らず知らずのうちに、自分の本質や特性を抑える
・知らず知らずのうちに、パートナーの本質や特性を抑え込ませる
どちらも、相手の為に良かれと教わり、「うまくいく」と思いこんだ状態で行動していることだからです。

 

加えて(大人仕様)の対応方法が身に付いていません。


思い込みが生じている為、この方法でうまくいかない場合、クライアントさん達は「うまくいかない」という結果がわかっているのに「(この方法で)うまくいくはずなのに、何故うまくいかないのだろう」という疑問を持ちます。


そして、表面上のテクニックをあれこれ変えながら、自分やパートナーの本質を抑えたり、抑え込ませたり、立場を変えながら、一時的に変化したと感じることで、その場を凌いでいくのです。


ただ、これは、問題の先延ばしに繋がります。

 

すなわち、関係が悪化する流れに繋がります。


本質・特性を抑え込んで、うまくやろうとすればする程、努力すればする程、頑張れば頑張る程、関係は悪化するという不思議なことが起こるのです。

「頑張らなくていい」って、ホントですか?

「こんなに頑張っているのに、まだ頑張れっていうの?」
「もう頑張れない」
「頑張らなくていいんだよ」
といった話を聞きます。


恐らく、うまくやろうとすればするほど、努力すればするほど、頑張れば頑張る程、関係が、状況が、悪化する流れにはまってしまっているのだと思われます。


このような場合は「あるがままにあるとする視点」をもって、本質や特性を知らず知らずのうちに抑え込んで、的を外した不要な努力や頑張りをすることに時間・労力・お金・人間関係を費やして自信を失う、ロスの連動が生じていないかどうか、チェックすることをお勧めします。


本質や特性が活きた状態では、主体的に本人が必要だと判断して、頑張ったり、努力したり、休んだりするので
「こんなに頑張っているのに、まだ頑張れっていうの?」
「もう頑張れない」
とは思いませんし
「頑張らなくていいんだよ」
という誰かの言葉を待つ必要がありません。

 

(子供仕様)の状態で
「こんなに頑張っているのに、まだ頑張れっていうの?」
「もう頑張れない」
「頑張らなくていいんだよ」
といったことを思い考え感じて、思い通りの対応をしてくれない誰かにあれこれ苛立ったり、ねぎらいを期待したりしては、思い通りにならず、自信を失い、何とか現状を変えようとして、誰かから思い通りの何かを引き出そうと努力を重ねている間。

 

(大人仕様)の状態では、淡々と、やる必要のあることに時間・労力をかけ、努力をしたり、頑張ったりして、実りを得ているのです。

 

「頑張る、努力する、うまくいく」同じ言葉なのに(子供仕様)と(大人仕様)では、捉え方が全く違うということがお分かり頂けたら、幸いです。