ハードルが高いと思っていつもの安全な道を選んだら

前回の続きです。

今回初めて知りましたが、愛子さん、運転が上手なのです。
スピードを愉しみつつ安全運転。
腕は確かな、攻めるタイプです。

「りんりん、怖い思いをしないよう、助手席ではなく後ろに座って。
その方が話しやすいし、ミラーも見やすいから。」
という配慮があったのは、過去に私が交通事故に遭ったことが関係しています。

普段、私は車を運転しません。

10年程車を所有していたこともあるのですが、30歳で上京した後、しばらく青森に帰る予定がなかったので手放しました。

4年後、諸事情で帰青し、営業職に就いたのですが、社用車を運転中、信号で停止している所へ大型トラックから追突される事故に遭い、数日後心身に異変が生じて、一時的に運転が出来なくなったのです。

愛子さんとは、事故後しばらくして、東京で治療を受けた際に会ったことがあり、そのことを覚えていての今回の発言だった模様。

もともと私は助手席にいるよりも、運転席でハンドルを握る方が好きなのですが、再び運転できるようになってからも車の所有には至りませんでした。

自宅で仕事をしていることもあり、用がある時にレンタルする程度。

体の後遺症とは共存した状態にあり、事故がトラウマになっている訳ではありません。

でも、全然気にしていない訳でもないのです。

事故前は気楽に人を乗せていたのですが、事故後は躊躇するようになりました。

事故に遭った場合、仮に自分に過失はなくても、同乗者が巻き添えになることがあるからです。

とはいえ、車に乗らなければ一切危険な目に遭わずに済むのかと言えばそうでもない。

家にいても転んだり、怪我をしたりすることはある。

乗ることで得られる経験を得られなくなるのも、リスクの1つ。

だとしたら、「可能な限り、自分や同乗者の安全を確保した上で運転すること」が大切だよねと思いつつ、ここ2-3年は全く運転していなかったこともあり「もう生涯に渡り、運転しなくてもいいかも」と思っていたのです。

そのような中で、愛子さんの来青。

山にある青森空港まで運転するのは、今の私にとってちょっとハードルが高い。

安全を取ってバスで迎えに行こうと思い、その旨を伝えたら「愛子さんが車を借りる&愛子さんの運転で十和田湖に行く」話が来たのでした。

まさかの運転交代

ボートを降りてから1時間程過ぎたでしょうか。
回復する気配のない愛子さん。

過ぎる時間と共に近づく飛行機への搭乗時刻。
「岩木山神社に向かう、タイムリミット」が迫る中、決断しました。

「岩木山神社に行った方が良いような気がする。
私が運転するから、愛子さん車内で寝てて。」

愛子さん、望む物がはっきりしているなあと思っていた私の中で、青森に戻るという選択はありませんでした。

それにしても、さっきまで
「愛子さんさあ、人が運転する車に乗るより、自分で運転したいと思うタイプでしょ?」
「うん、自分でしたい。」
という話をしていたし
「もし疲れたら変わるよ」
「それはないと思う」
というやり取りもしていたので、すっかり終日愛子さんが運転するものだと思っていた私がまさかの運転!

何かありそう。

そういえば。
スワンに乗っている時、愛子さんに
「私も、自分でハンドル握る方が好きなの。
昔、ガールスカウトに入っていたんだけれど「自分のカヌーは自分でこげ」って教わったんだ。」
などと話したっけ・・と思いながら、恐る恐る運転を始めました。

愛子さんの具合が悪くなったのは、普段食べない物を食べたことが関係しているとのことでした。

でも、もしかしたら「慣れない私のハンドルさばき」の影響も少しあったのかもしれないなあ。

自分で運転したいであろう愛子さんが、スワンに乗る際に「今度はりんりんの運転で行こう」と私にハンドルを譲ってくれていたので、人の運転に酔うということがあったのかもしれません。

愛子さんはそのようなことは何も言わなかったので、あくまで私の想像に過ぎませんが。

岩木山神社に到着するまでの間は、湖沿いのカーブが連続する道を出来るだけブレーキをかけないよう黙々と運転していました。

到着した後は、まだフラフラしている感じはあるけれどひとまず歩けるという状態だったので一緒に参拝し、青森空港に到着するまで色々話をしていました。

空港に近づくにつれて、霧が濃くなり、レンタカーを返却する頃には、小雨が降り始めました。

もともと雨の予報ではあったけれど、ぎりぎり持ちこたえて良かったーー。

ちなみに、愛子さんを見送った後、空港の外に出たら雨がざーざー降っていて、市内に戻ってきたら(いや空港も市内なんだけれど)晴れていたのでした。

愛子さんとの再会は14年前に決まっていたのだろうか

空港で、愛子さんが
「家族以外で、私が具合悪くなるのを見たことがある人ってりんりんだけかも。
今年のお正月に家族で台湾に行って、普段食べないものを食べ、今回のようになった時、娘が「ママが具合悪くなるのを初めて見た。」っていった位珍しいことなの。」
と言っていたのですが、それがすごく印象に残りました。

つまり
「特別なこと」
な訳ですが、何だろうねーとこの時は思っていたのです。

後に、愛子さんが話した内容や、会話を通じて私の中で印象に残ったものを改めて思い出し、繋ぎ合わせていたのですが、それを終えた時、かなりプルプルしました。

今回の再会は「14年前の答え合わせ」であることや、私がありのまま認める×EFTの立て直しのプロセスを作る最初のきっかけが、14年前の愛子さんだったことに、ここに来て初めて気づいたからです。

これは、私がこの先前に進んでいくにあたり、思い出す必要のあったことなのですが、それを知る由もなく「背中を押しに来たのよ」と言う愛子さん。

もしかして具合が悪くなったのは、私の速度に合わせて、今、必要なことだけを話す為だったのではなかろうかとすら感じる私ですが、愛子さんにしてみたら、やっぱり「普段食べない物を食べて調子がよろしくない」に過ぎないのだとも思うのです。

今回の再会は、「以前私が愛子さんに貸した本が断捨離中に出てきた」という連絡がきっかけだと書きましたが、私の記憶が合っているなら、その本を貸したのは、私たちが初めて会った日でした。
この本がなければ、今回の連絡はなかったはずで、私たちの再会もないはず。

もしかしたら、この再会は、14年前にすでに決まっていたんだろうか。

なーんてね!

ありのまま認める×EFTに取り組んでから、このような、人の繋がりの絶妙さ加減に胸が熱くなることが多いのですが、これを愛子さんの言葉で表すなら「シンクロニシティ」なのでしょう。

積もる話は沢山あったのだけれど、仮に、それを全部話したり、聞いたりしたら「あー楽しかったね」だけで終わったのではないかと思った、不思議な再会でした。

次回から、

  • 14年前の答え合わせ
  • 私がありのまま認める×EFTの立て直しのプロセスを作っていく最初のきっかけが、14年前の愛子さん
  • 再び道が交わる

などについて書いていきます。