今だからわかること

私は、父が亡くなって半年程経った頃、大型トラックから追突される事故に遭ったのですが、今回、愛子さんと十和田湖に向かう途中、事故に遭う前の日、私がどんなことを思い考え選択していたのかという自分の動きについて話をしていました。

何回か書いていますが、普段、私は、ありのまま認める×EFTをするにあたり「出来事そのもの」ではなく「出来事に対する自分の動き」をチェックしています。

これにより視点を変えることが出来るのですが、事故を出来事として捉えた時にはわからなかったことが「自分の動き」に焦点を当てると見えてくるのです。

愛子さん愛子さん

あーーそっち(選択)違うーーー!


りんりんりんりん

そうなのよ

さすが愛子さん。
何が違うのかすぐにおわかりになりました。

私は、長い間、この事故のことを不思議だったと感じていました。

だから、出来事として捉えていた頃から何かがあるような気がしていたのですが、それが何なのかがわかるようでわからないと思っていました。

ですが「自分が活きると周りも活きる」という所に行き着いた時点で、改めて「事故に対する自分の動き」に焦点を当てて眺めてみると

事故がきっかけとなり、本格的に私は「自分を活かす選択」を身に付ける為のプロセスへと突入していることがわかります。

さらに、事故前後の私の動きを繋げることで、ストーリーも見えてきます。

これにより、私の中で、さらに色々と繋がったり、掘り下がったり、謎が解けていったり(いわゆるシンクロですね)することの連続だったのでした。

今となっては、過去のあらゆることが、この先の「自分を活かすと周りも活かす」へと繋がる伏線だったのだろうか思う位、本当にうまくできていて不思議な気持ちになります。

今の正直な気持ち

でも、欲を言えば。

私は、子供の頃から、自分で自分をありのまま認め満たし、自分を活かす方法を身につけたかった。

本来、互いの違いを尊重し、力を発揮しあい、発展しているであろう大人の時間帯にそれが出来ず、事故という大きな衝撃を通じて「自分を活かす選択」を身に付けるプロセスに突入せざるを得なかったことを、勿体なかったと心底思っています。

これらの思いが、今、私がありのまま認める×EFTを提供する原動力の1つになっています。

ということで前置きが長くなりました。

東京から青森に戻り、新たな仕事を得るといった具合に「環境」が変わった私は、どんな風に過ごしていたのでしょう。

環境を変えても私は何も変わらないし、むしろマズイ方へと進んでいる

私は「厳しい修行」を選ぼうとしていた時と同じやり方で「営業職」に就きました。

厳しい修行を選ぼうとしていた時は、全然気乗りしないけれど、自分をそれ位追い込んだら技術に、自分に自信が持てるのかもしれない。

自信が持てるようになれば、サロンを立ち上げられるのかもしれないと思っていた。

営業職を選んだ時も、気乗りはしないけれど、営業職を経験したら、自分に自信が持てるかもしれない。

サロンを立ち上げられるのではないかとぼんやり思っていた。

でも、この選択をしたら、私は、本当に自信が出て、事業を立ち上げられるようになるのでしょうか。

東京に居た頃と同じことをしている私

営業職に就いてからの私は、スケジュールを詰め込み、毎日忙しく過ごしていました。

移動距離が長かったこともあって、確かに忙しく過ごしている感じはするけれど、肝心の仕事に関しては

  • 販売する商品は悪くない
  • 販売手法が強引と感じてやりたくない
  • 成績をあげなければならない
  • でも手法が強引と感じてやりたくない
  • でも商品は悪くない

といった堂々巡りをしていました。

周りから「頑張って」と声を掛けられると「頑張れそう、この先、何とかなりそう」な気がする。

でも、実際は何ともなっていない。

このまま頑張っても、うまくいかないんじゃないか。

不安や恐怖が交錯する。

といった具合に、東京に居た頃と同じ状態になりました。

自信も持てる状態にはならず、事業を立ち上げることもなく「何を選んでも、納得しない」に行き着いています。

新しい一手

だましだまし過ごしているうちに不安定になった私は、仕切り直しをする為に、今後どうするのか自分の方針を決めました。

「自己流ではなくうまくいっている人のマネをしよう」と言う情報があります。

この情報に沿って、私は
(結果を出す為に)どこまでも自分を抑えて、徹底して上司のやり方に従おう
という答えに行き着きます。

とても清々しい気持ちになりました。

心機一転頑張ろうと思い、張り切って洗車したついでに車内でお香を炊いたのを覚えています。

事故当日

翌朝、清々しさが残る中、車に乗り込みました。

運転中、右手につけていたはずの、友人に作ってもらった例のブレスレッドがないことに気づきます。

りんりんりんりん

あれ?
出てくる時にはつけていたはずだけれど・・??


そう思いながら前に進んでいました。

1時間程過ぎた頃でしょうか。

信号が黄、赤と変わる中、先頭で停止した私は、前の信号が変わるまで余裕がある中で、窓越しに左側の草をぼんやりと眺めていました。

その時、雨の日にここで事故が起きるという言葉が頭によぎります。

その日は小雨が降っていたのですが、何故このような言葉がよぎったのかわからないまま、何気なく車内のミラーに視線を移した時

りんりんりんりん

あ、これは現実だ


と思いました。

私は止まっているのに、後ろの大型トラックは加速しているように見えるのです。

前方には余裕があった為、後方を確認しながら、急いで可能な限り前に車を出し停車。

ミラー越しにトラックがどんどん近づいてきます。

りんりんりんりん

もうだめだ・・


衝撃と共にガラスの割れる音が聞こえ、前に押し出された状態で車が止まりました。

目に見える怪我は負いませんでした。

現場検証の時「この状況でよく助かったな」と警察の方が話していたのですが、当初停止していた所に残っていたトラックのブレーキ跡を見て、後ろに気づかず最初に停止した所へ居続けたら・・と思うとぞっとしました。

この日、私は始終興奮していました。

仕事の荷物を積んでいた為、壊れた車を応急処置してもらい、運転して帰ってきたこともあって、自分のことを強いと感じていたし、これ位大したことがないとも思っていました。

その為、周囲の心配をよそに大丈夫だと言い、翌々日から営業先に出向いていました。

私は、全く自分を見ていなかったのです。

心身共に異変が起きる

数日経過して、体にも、心にも異変が起き始めました。

追突される瞬間までの映像がフラッシュバックするようになったことで運転が出来なくなり、休職。

治療に専念した私は、病院に通う以外ほとんどの時間を寝て過ごすようになります。

ゆっくり出来たのは1週間程でした。

それ以降は、日々広がる体の症状に、何が起きているのかが全然わからず、恐怖や不安を感じていました。

ここからしばらくした後、退職することになるのですが、心身ともに健康を損なったことによって、会社を辞めたことも、上京したことも、勉強したことも、青森に戻ってきたことも、自分の選択の何もかもが間違っていたと思う程、思考・感情の上で混乱し不安定になっていきます。

自分を立て直そうとしても、どうやっても立て直せないと感じる状態に陥りました。

不自然な私の選択

今だから言えるのですが、(結果を出す為に)どこまでも自分を抑えて、徹底して上司のやり方に従おうの「どこまでも自分を抑えて」とは「自分を活かさない選択」です。

表現を変えるなら「思考の上で完全に自分の人生から自分を締め出す」「完全に自分を殺す」「生きながら死ぬ」選択とでも言いましょうか。

私は、ありのまま認める×EFTの取り組みを通じて「自分を活かすことにより人は幸せになる」のが人間の本質だと気付いたのですが、そうなると「思考の上で完全に自分の人生から自分を締め出す」「完全に自分を殺す」「生きながら死ぬ」選択は不自然です。

この場合、自分の無意識は、自分を守る為に、自分を活かそうとする動きに出るのですが、クライアントさん達のセッションを見ても「わかりやすく自分を守る」方法ではなく「衝撃」として出ることが多いように感じます。

ただ、いきなり大きな衝撃を喰らう訳ではありません。

必要な対応が出来ず、その場凌ぎを繰り返すうちに、衝撃が少しずつ大きくなります。

なので、可能な限り早い段階で違和感を拾いたい所なのですが、自分を活かさない選択をしている場合

  • 違和感をなかったことにして通り過ぎてしまう(その場凌ぎをする)
  • 自分を活かす」選択が身に付いていない

ことによって必要な手を打てず、結果的に大きな衝撃に遭遇してから立て直すケースが多いのだと思います。

本格的に自分を活かす選択を身に付ける為のプロセスへ突入する

私は事故の衝撃をきっかけに、本格的に「自分を活かす選択」を身に付ける為のプロセスへ突入していきます。

先程、過去のあらゆることが、この先の「自分を活かすと周りも活かす」へと繋がる伏線だったのだろうか思う位、本当にうまくできていたと書きました。

これが、どんな感じだったのかいくつか挙げていきます。

原動力の得方を変える

誰かに認めて貰うことで原動力を得ていた私は、心身ともにダメージが生じ動けなくなった為、必然的に、認めてほしい存在から距離を取り、1人にならざるを得なくなりました。

つまり、この方法で原動力を得ることを強制的に断つことになったのです。

ここから、私は、自分で自分をありのまま認め満たす方法を探し始めることになります。

いわゆるネガティブと呼ばれる思考や感情の扱い方を知る

「病院に通う以外ほとんどの時間を寝て過ごすようなった」と書きました。

これにより、自分の不安定さや、恐怖心、心配といったものに直面することになりました。

これが森田療法の「絶対臥褥(がじょく)期」に似ていることを、2018年になって初めて気付きました。

(期間はもっと長いですが。)

第一期 – 絶対臥褥(がじょく)期:約1週間。患者を個室に隔離し、食事・洗面・排泄など基本的な生活行動以外の活動をさせずにベッドに横たわる。この際に以前から抱き続けてきた不安が強く頭をもたげ、煩悶、葛藤に苦しむが2,3日を経て心身が安静の状態に入り、孤独な状態に置かれようと極限状態には立ち至らないことを悟る。5かくらい過ぎたころには、蓄えられたエネルギーと解放された不安状態と抑えられていた「生の欲望」が一体となり、日常生活に早く復したいという心境に至る[33]。

試行錯誤しながら、後に「ありのまま認める方のEFT」へと辿り着きます。

自分に集中する1

父が亡くなる前年、私は、車検を機に愛車を手放しています。

まさか翌年に青森へ戻ることになるとは思わなかったので、己のタイミングの悪さを嘆いていました。

会社勤めをしていた頃、気分転換で当てもなく運転をするのが好きだったのですが、車がなくなったことと運転不能になったことにより、「気分転換」が許されず、強制的に自分と向き合わざるを得なくなりました。

自分に集中する2

不要な引っ越しで散財したり、無職の状態が続いたりで、所持金が心もとない状態にありました。

これが、自分を活かさない選択で生じる、うまくいかない思考・言動パターンと時間・労力・お金・人間関係・居場所・自信・存在価値のロスの連動を変えていく為のきっかけにもなりました。

また、後にお金に頼らず、知恵を絞ることでリスクを減らして、今できることを1つずつやりながら、サロンを立ち上げることも出来ました。

納得を求めて行動することが現実を変えていく

事故がきっかけとなって私は、ひたすら自分の納得を追い求め始めます。

事故の後始末をするにあたり、助っ人を選出し、行動から変えていくことになります。

過失のない状態で生じた事故に、納得して終わらなければ、後々私は事故を引きずり、何かやろうとする時に、事故のせいにして諦めて一時的に安心した後、なぜ出来ないのだろうと嘆く自分が容易に想像できたからでした。

当時、自分にとって納得とは何なのかを言葉では表せませんでしたが、確かな感覚として私の中にありました。

1つ1つ納得を求めて行動することが、「学んだことが、自分の現実を変えることへと結びつかない状態」を変えていきます。

納得を得ることが、私の中で原動力にもなることに気づきました。

後にサロンを立ち上げることが決まってからは、販売方法にも納得を求めました。

こちらが押し売りすることなく、クライアントさんが納得してサービスを購入できるよう、説明を惜しまないことで、双方が納得する方法があると気付きす。

営業職に就いた時、納得できなかった経験が活きたのです。

今になって思うのですが、仮に事故の際に、自分に過失が少しでもあったら、私は納得を求めなかったはずなのです。

このような衝撃を受けなければ私は、自分の人生を納得して生きることすら出来なかったのかと思うと、良かれと思って自分を抑えることを積み重ねた怖さを感じます。

自分の願いを完全に手放してプロセスに集中する

勉強したことを総動員しても、どうやっても自分を立て直せないと感じたことによって、私は、サロンの立ち上げを完全に諦めたのですが、結局、自分の願いを完全に手放した状態になり、その間、1つ1つのプロセスに集中し、地道な行動を積み重ねていたのでした。

事故の後始末のプロセスが全て終わった時、私は、サロンを立ち上げたいという思いを拾い上げ、「納得したい」と「サロンを立ち上げたい」という感覚が同じだと気付いて、この感覚をどこまでも追いかけていったら、サロンが立ち上がるのではないかと考え、実際に立ち上げへと繋げていきます。

全てをあげていたらきりがないので、この辺にしますが、愛子さんと再会した際に

愛子さん愛子さん

今までのことが全部活きていた


りんりんりんりん

全部活きていた


と話していたのは、こういうことだったのです。

でも、思い通りの変化とは全く異なる為、当時は変化だとは思えなかったこともたくさんあります。

もしあの頃、思い通りになることをひたすら求めていたとしたら。

私は今も、自分の過去にも、人生にも不満を抱き、不運を嘆きながら、頑張っても現状を変えられず、自分にはどうしようもないと思い悲観しつづけたのかもしれません。

事故から学んだこと

私は、自分を活かせない選択をしたから事故に遭った と捉えている訳ではありません。

自分を活かす選択をしていたら、絶対に事故に遭わないかといったら、そんなことはないからです。

運転する場合(実際は運転していなくても)事故は隣り合わせです。

大切なのは、事故を起こさないように努めること。

主体的に思考し、行動するプロセスを身に着け、自分で自分を守る術を持ち、何か起きたら必要な対応が取れること。

結果的にそれが、自分も周りも守ることになる。

私は、事故の後始末を自分でやる経験を通じて、これらのことを学んだのでした。

願いは叶ったという合図だったのかもしれない

事故に遭った後、自宅に戻った私は、車を停めていた場所に例のブレスレッドが落ちていたのを見つけました。

当時、ブレスレッドは、私が家に帰ってくるのを待っていたのだろうかと思ったのですが、今は、もしかしたらあれは「願いは叶った」という合図だったのかもしれないとも思うのです。