自己犠牲を身に着けた背景を理解した上で自分を活かそう【1】

自分の意志を適切に活かすことによって、自分として幸せに生きるはずだったのに、なぜ、大人になるほどに生き辛さが増す、自己犠牲という欲の扱い方を「良かれ」と身に着け、使い続けることになったのでしょう。

ということで、今回からしばらくの間、何回かに分けて、欲の扱い方を身につけた背景の説明をします。

物事には、何でも始まりがあるように、欲の扱い方にも始まりがある。

そして、物事は全てつながっている。

今日は、私たちが最初に身に着けたであろう、欲の扱い方について触れます。

次回からの記事で、最初に身に着けた欲の扱い方が、どのように自己犠牲によるそれへとつながっていくのかを、順を追って説明します。

以前の記事で、人生とは、生きるとは、突き詰めると自分の欲を扱うことの連続・積み重ねと書きましたが、生まれたばかりの子は、自分の欲を自分で扱うことはしません。

生まれたばかりの子が泣く絵

泣いたり、笑ったり、排せつしたりする子の態度や雰囲気などを通じて、親を始めとする周りの人たちが何が必要なのかを察したり、考えたりして、与えていますよね。

子は、何もわからなくても、ただそこにいるだけで、自分に何が必要なのかを、周囲に察してもらったり、わかってもらったり、与えてもらったりします。

この、ただそこにいるだけ(で、周囲に自分(の欲)を認めてもらえる、満たしてもらえる)が、生まれたばかりの子にとっての、欲の扱い方です。

ただ、この欲の扱い方は、親をはじめとする、周りの庇護を子が当たり前に得られることが大前提です。

周囲の庇護ありきで初めて、子の人生(欲の扱い方)は成り立ちます。

そのため、周りが面倒を見ることを放棄した場合は、子の「ただそこにいるだけ(で自分(の欲)を認めてもらえる、満たしてもらえる)」は成り立ちませんし、命が危ぶまれます。

以上のことから、生まれたばかりの子の人生(欲の扱い方)は親を始めとする、周囲次第です。

でも、子はいつまでも、生まれたばかりの状態のままでいる訳ではありません。

日々、親を始めとする周りの人達から、自分の欲を認めてもらったり、満たしてもらったりしながら、成長します。

小さな子が両親の中心にいる図です

小さいが故に、周りの注目が集まりやすい時期が続く中、子は少しずつ成長しながら、言葉を放ったり、歩いたりするようになります。

また、小さいなりに、一個人として自分の内側に生まれる、意志となり得るものを、扱うようになります。

ただ、意思(~したいという欲)は、最初から意思の形をしている訳ではありません。

自分の中に生まれる感情や感覚を、言葉に置き換えて意思へと変えたり、それを人に伝えたり、行動へとつなげて結果を得たり、次につなげたりすることが必要です。

でも、この段階で、子の身についているのは、「ただそこにいるだけ(で、周囲に自分(の欲)を認めてもらえる、満たしてもらえる)」という、最初の欲の扱い方のみ。

そのため、子は周囲とのやり取りを通じて、少しずつ、少しずつ、新しい欲の扱い方を身に着ける必要があるのです。

また、親を始めとする周りの人たちも、子が、社会において、一個人として自分と他者を尊重しながら、幸せに生きていくことを念頭に置きつつ、新しい欲の扱い方を身に着けられるよう、やり取りをする必要があるのです。

実は、ここが、子が

  • 自分の欲(意思)を自分が活かす(生かす)扱い方
  • 自己犠牲による欲の扱い方

どちらを身に着け、使い続けていくのかの、分かれ目になるのです。

次回に続きます。