人の愚痴を聞くのは苦じゃないってどういうこと?【自律最善タッピングセッション事例】

セルフケアサロン・アイホージュの伊藤みつるです。

この話は、【2】自律最善タッピングセッション事例・姑の言葉に傷ついた【2】の続きです。

愚痴を聞くのは苦じゃない?

Tさんと話をしている時に、私が違和感を覚えたのは、「母や誰かの愚痴を聞くのが苦じゃない」という彼女の発言でした。

だって、本当にそうなら、Tさんは義母の愚痴や旦那の暴言は苦にならないはず。

セッションを受ける必要もないはず、なのです。

それに(解決に至らない)人の愚痴を聞き続けることに、自分の貴重な時間や労力を費やすって、あんまりよろしくはないよね。

ということで「母や誰かの愚痴を聞くのが苦じゃない」という表現に含まれている、無自覚の欲求を掘り下げていきます。

小さい頃に母親から言われたことを思い出す

タッピングをしていくうちに、彼女は小さい頃に母から言われ続けてきた言葉を思い出しました。

「何かあっても知らないよ。自分(母)の言うことをきかないで勝手にやっても知らないよ」

Tさんは、「母から見放されないように」振る舞ってきたと言います。

そのために、愚痴を聞き続けてきたのだそう。

母親の愚痴を聞けば、私は母の役に立つ(頼られる・認めてもらえる)から、絶対に母から見放されないと思い込んでいたのでした。

でもこれ、言い換えると、Tさんは無意識のうちに、周囲に対して「私に何を言ってもいいですよ、何をやってもいいですよ」と振る舞い、相手から「スペシャルなゴミ箱扱い」されて満足する ってことなんですよ。

これではTさんの持ち味も良さも、全く生きないので、ご自身の意志を活かせるようにする必要があるのですが、そう簡単な話ではありません。

なぜなら・・ありのままの自分でいてはいけないと感じるから。

ありのままの自分でいてはいけない

Tさんの状態では、ご自分が好きなように振る舞うと、無意識のうちに、母親から見放されたように感じて不安になります。

そうなると、ありのままの自分でいてはいけない(自分の意思に沿って動いてはいけない)とも感じるんですよね。

だから、このまま、ご自分の意思や意見などを、旦那さんや他の人に話すなんて無理な話。

ご自分のことを守れないので、誰かに守ってもらう(周りに自分をわかってもらって安心する)必要があるのです。

だから、姑さんの暴言に、「旦那が私の辛い気持ちをわかっているはずだ。」と思って、自分からは何も言わずに「誰一人として、私のことを守ってくれないと感じて 酷く傷ついていた」と感じるのも当然の話。

非力になるので、結果的に、自分や大切な人から欲しい何かを取り上げてしまうことにもなります。

彼が彼女の意見に反対したら、やりたいことを子供に諦めるよう持っていくしかなくなります。

そのような中で、「子供にやりたいことをやらせてあげたい」と行動なさったのは、本当にすごいことなのです。

子供はどんな思いで見ていたのだろう

タッピングを通じて、思考や感情をありのまま認めることで、ご自身に対する理解が深まったTさん。

「昔、会合で、愚痴の言い合いをしていたのを、子供はどんな思いで見ていたのだろう・・」
と仰っていたのが、すごく印象に残りました。

お子さんのことを大事に思っていらっしゃるのがよくわかります。

過去は変えられませんが、今できることを一つずつ積み重ねることで、変えられるものがあるのです。

次回に続きます。