自分を抑えて装う選択によって、うまくいかないのであれば「ありのままの自分・本当の自分を選ぼう」とお考えになるかもしれません。

確かにそうではあるのですが、単純に「ありのままの自分・本当の自分」を選択すれば良いという話でもないのです。

あなたは「ありのままの自分・本当の自分」を選べますか?

あなたは、これまで現状を変えるための方法を探していた時に

  • ありのままの自分で良いんだよ
  • ありのままの自分に戻ろう
  • 本当の自分の人生を生きよう
  • 本来の自分に戻ろう

といった情報に辿り着いたことがあるでしょうか。


また、「ありのままの自分・本当の自分」を選ぶことに対して、あなたは

  • どうやったら、ありのままの自分・本当の自分になったことになるのだろう
  • どうすれば、ありのままの自分・本当の自分になれたとわかるのだろう
  • ありのままの自分・本当の自分を選ぶことが、悩みを解決したり、現状を変えたりすることに、どのように関係しているのだろう

といった疑問を抱いたり

  • ありのままの自分を選ぶのは、わがままだ、自分勝手だと感じて抵抗がある
  • 周囲に嫌われる、周囲に迷惑がかかる

と思ったりしたことがあるでしょうか。


もし、あなたが、自分を抑えて装う選択を積み重ね、枝葉の問題が広がっている状態にあるならば、このようなことを思ったり、考えたりするのは当然です。

なぜかというと、この状態のままでは、「ありのままの自分・本当の自分」を選ぼうにも、選べないからです。

自分を抑えて装う選択が出来上がった背景

ありのままの自分・本当の自分を選べない理由として、自分を抑えて装う選択をうまくいくと思い込んだ背景(成長過程)が関係しています。

人それぞれ違うのですが、背景の代表的な1例として

小さな頃、ありのままの自分を周囲に受け入れてもらえていて、それを当然としていたのに、ある時、いつも通り周囲に対し「あるがままの自分」「本当の自分」を出したら、注意されたり怒られたりした。

何故、ありのままの自分を、周囲に受け入れてもらえなくなったのかわからないまま、自分が内心どう思っていたとしても、周囲に対し、表向き「自分を抑えて装う選択」をしたら、褒められたり、喜ばれたり、怒られなかったりした。

というのがあります。

詳しくは別記事で説明しますが

ありのままの自分(の欲)を選ぶと、周囲に(自分の欲)を認めて貰えず、自分を満たせないけれど、ありのままの自分(の欲)を抑えて装う選択をしたら、周囲に(自分の欲)を認めてもらえて、自分を満たせた

という経験を積み重ねたことから、ありのままの自分を選ぶとうまくいかない(けれど、自分を抑えて装う選択をするとうまくいく)と思い込んでいる状態なのです。

自分の中では、ありのままの自分を選ぶとうまくいかないことになっているのに「ありのままの自分・本当の自分を生きよう」という理屈や知識に従って、うまくいかないと感じるものを、わざわざ選ぶでしょうか。

ジミージミー

これが、ありのままの自分・本当の自分を選ぶにあたって、ブレーキとなるのです。

ただ、ブレーキはこれだけではありません。

広がった枝葉の問題も、ブレーキとなる

自分を抑えて装う選択を積み重ね

  • 躓きのパターンとロスの連動が生じている
  • 努力や頑張りが空回りして「自分がダメだから・・」となっている
  • 枝葉の問題が広がっている

場合「自分」は大きく傷ついていますし、とても疲れています。

この状態のまま、うまくいかないと思い込んでいる「ありのままの自分・本当の自分」を選ぼうにも、選べるものではありません。

なので、傷の手当をすることを通じて、自分を回復させたり、自信・居場所・存在価値といった原動力を自分の中から生み出したりして、主体的に思考したり、行動したり出来る状態を作る必要があります。

その為に、枝葉の問題にアプローチをしているのですが、ここで問題が起こります。

アプローチの結果、傷が回復したり、原動力を生み出せたりしているのであれば良いのですが、実際は、この記事で申し上げた通り

自分のことがわからないと感じる原因を特定する


枝葉の問題がさらに広がるということが起きているのです。

傷を回復させる所か、傷口に自ら塩を塗るようなものであり、ただでさえ足りていない原動力がさらに消耗しているのです。

ジミージミー

この状態もまた「ありのままの自分・本当の自分」を選ぶ際のブレーキとなります。

ブレーキは、まだあります。

自分を抑えて装う選択をしたことによって、必然的に起きるもう1つの問題

前回の記事で

  • 「広がっている枝葉の問題」
  • 「根本の躓き(自分を抑えて装う選択による悪循環)」
  • の他に、もう1つ、問題が生じていると書きました。

    それが、自分を抑えて装う選択をしたことによって、必然的に起きるもう1つの問題です。

    ジミージミー

    これも「ありのままの自分・本当の自分」を選ぶことにブレーキをかける存在となります。


    長年に渡り「ありのままの自分を選ぶとうまくいかない、自分を抑え装うとうまくいく」と思い込んだ状態で、自分を抑えて装う選択を積み重ね、現在、枝葉の問題が広がっているということは

    • ありのままの自分の選び方や、活かし方
    • ありのままの自分で、周囲と接する方法
    • ありのままの自分と、周囲との違いを尊重した上で、互いに力を発揮しあう方法

    を身に付け、積み重ねる機会を失った状態で、大人になったということでもあります。

    これにより、仮に「自分のことがわからない」と感じる状態から「自分のことがわかった」としても、わかったことを、不快と感じる現状を変えたり、悩みを解決したり、実りを得たりすることへと繋げられなくなっているのです。

    ジミージミー

    否応なしに「ありのままの自分・本当の自分」を選ぶことに、ブレーキがかかる状態です。

    自分を抑えて装う選択をし続けた状態で考える「ありのまま」

    自分を抑えて装う選択をし続けた状態で考える「ありのまま」とは、どんなものでしょう。

    人は、未知のことに対し、どれ程すごい知識を得たとしても、得た知識と想像のみで実行するのは難しいのです。

    過去に得た体験・経験に、得た知識や想像を絡めつつ、トライアンドエラーを積み重ねていくことになるはずです。

    ありのままの自分(の欲)を選ぶと、周囲に(自分の欲)を認めて貰えず、自分を満たせないけれど、ありのままの自分(の欲)を抑えて装う選択をしたら、周囲に(自分の欲)を認めてもらえて、自分を満たせた

    という経験からいけば、生まれた間もない、または分別のつかない幼い子供の頃の、周囲の庇護のもと、周囲にお構いなしに、自分の欲望のまま振る舞う「子供のありのまま」止まりになっているはずです。

    ジミージミー

    大人になった今、これもブレーキとなるのです。

    「子供のありのまま」について

    個人としての「子供のありのまま」とは、先程申し上げた通り、生まれたばかりの子・分別のつかない子が、周囲に関係なく、自分の欲望のまま(ありのまま)に振る舞うのを当然とすることを指します。

    また、対人関係における「子供のありのまま」は

    • 生まれたばかりの子は、周囲に関係なく、自分の欲望のままに振る舞う
    • 生まれたばかりの子が、ありのままに振る舞うこと、子の面倒を見ることを周囲が当然と捉える

    ことで成り立ちます。

    仮に

    • 生まれたばかりの子は、周囲に関係なく、ありのままに振る舞うことを当然としている
    • 子の面倒を見ることを、周囲が放棄する

    となった場合「子供のありのまま」は成り立ちません。

    対人関係が絡む「子供のありのまま」は、周囲の庇護があって初めて成り立ちます。

    いつまでも「子供のありのまま」ではいられないから「自分を抑えて装う選択」を身に付けた

    子供が小さいうちは「子供のありのまま」の振る舞いを、周囲から、無邪気で可愛いと言われたり、許されたりします。

    でも、子は少しずつ成長し、自分のことが自分で出来るようになります。

    周囲の手も、子から少しずつ離れていきます。

    子は、いつまでも「子供のありのまま」ではいられなくなります。

    成長し「子供のありのまま」でいられなくなったことにより「自分を抑えて装う選択」を身につけています。

    つまり「自分を抑えて装う選択」は「大人になること」を意味しているのです。

    りんりんりんりん

    ただ、「大人になる」といっても、大人として、ありのままの自分・本当の自分を活かす術を身に付けていません。

    その為、周囲に対し、表向きは、自分を抑え、大人の振る舞いを装いながら、内側では「子供のありのまま」と「自分を抑えて装う、大人の自分」との間で揺れることになります。

    自分を抑えて装う選択をした状態で「ありのまま・本当の自分」を選ぶ

    自分を抑え装う選択を積み重ね、枝葉の問題が広がり、悪循環から抜け出せない状態のまま想像する「ありのまま」とは

    • 好きなこと・楽しいことだけをしよう
    • 嫌なことは一切しない
    • 頑張らない
    • 我慢しない
    • 何をしてもいい
    • 周りのことは考えず、自分のやりたいことをやる
    • 楽しいことだけをやる
    • ダメな自分も全て愛そう

    といった内容になるでしょうか。

    実行したところで、恐らく

    • 人の目が気になる
    • 好きなこと、楽しいことをやると、罪悪感が湧く
    • 楽しめない
    • そもそも、好きなことがわからない
    • 本当にこれで良いのか

    といった思いが湧くのではないかと思います。

    当然です。
    大人なのですから。

    大人が単独で「子供のありのまま」でいることは、自由です。

    ですが、対人関係が絡む場面で「子供のありのまま」の状態で振る舞うと、周囲に対し、自分の思い通りに振る舞うよう要求することになる為、トラブルを招きます。

    子供の頃には、可愛いと言われたり、許されたりしていた「子供のありのまま」は、大人がやると、幼く、イタいのです。

    ジミージミー

    分別がつく、大人であるからこそ「ありのままの自分・本当の自分」なんて選べないと思い、ブレーキをかけるのです。


    ちなみに、自分を抑えて装う選択をした状態で考える、「子供のありのまま」は、枝葉の問題に手を打つのと同じであり、悪循環から抜け出すことができません。

    嫌われてもいいから、やりたいことをやる

    もしかしたら「人に嫌われてもいいから、思い切ってやりたいことをやろう」と思うかもしれません。

    これは「今まで「ありのままの自分・本当の自分」を選んではいけないと思って、自分を抑えて装う選択をしてきたけれど、うまくいかないから、思い切って、選んではいけない「子供のありのまま」を選ぶぞ!」と言っているようなものです。

    本来「人に嫌われること」と「やりたいことをやる」は、それぞれ別なことであり、一緒くたにする必要はありません。

    自分を抑えて装う選択をしている状態で出てくる、典型的な表現です。

    • やりたいことをやると嫌われる(子供のありのまま)
    • やりたいことを諦めると好かれる(自分を抑えて装う選択)

    となると、どちらも選び難いのですが、慣れがあるので、後者を選びがちです。

    ここまでお読み下さったあなたは、後者を選択をした場合、どうなるのかをもうご存知かと思います。

    この方法では、うまくいかないから、思い切って、選んではいけないことになっている「子供のありのまま」を選ぶのです。

    「思い切って」とは

    • 大人だけれど「子供のありのまま」を選ぶ
    • 大人としての「ありのままの自分・本当の自分」の選び方も活かし方もわからないけれど、何とかなると思って、自分を抑えて装う選択を積み重ねた状態のまま飛び込む

    ということです。

    単独では、何とかなったように感じても、対人関係が絡む時は、先ほども申し上げた通り、トラブルを引き起こしてしまいます。

    結局の所、悪循環から抜け出すことは出来ません。

    りんりんりんりん

    このような現状に、必要な手を打たないまま「ありのままの自分・本当の自分」を選ぶのは、あまりに無謀です。


    ネ子ネ子

    ブレーキがいっぱいありすぎて、アタイ、どうしたらいいのかわからないよう


    りんりんりんりん

    そうだよね。きっとそう思うだろうと思ったので、次の記事で、結局の所、何が問題なのかをお伝えします。


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    悩んでばかりで行動できないのは、どれを選んでも辛いから