前回からの続きです。

当初、EFTを提供する予定ではなかった

私は、サロンを立ち上げるにあたり、推拿を提供することは決めていたのですが、リラクゼーションの飽和を考え、もう1つ別なサービスを取り入れたいと思っていました。

そこで、物販を考えていたのですが、在庫を持つ余力がない上に、先の展開が見えない物販をするリスクを考え、諦めざるを得なくなりました。

代わりに「今の自分に出来ること」として、EFTが浮上してきたのです。

何となく、そうなりそうな予感に目を背けていたのですが、ついにそうもいっていられない状態になりました。

りんりんりんりん

タッピングして、サロンが立ち上がるなんて、怪しいったらありゃしない。

絶対に絶対に、提供は避けたい(涙目)


そう思っていたのですが、サロンの立ち上げと同様、すでに「やる以外の選択はない」状態でした。

不安や恐怖心といったものを、EFTを使い、ありのまま認め満たすうちに
「もしかしたら、世の中の誰かが、私が使った方法を探しているのかもしれない」という思いに、辿り着きます。

この思いがきっかけとなり、私の気持ちは、EFTを提供することへと傾いていきます。

世の中の誰か以前に、私がこの方法を探し求めていた

以前も触れましたが、過失のない状態で事故に遭った私は、自分を立て直そうとしても、どうしても立て直せないと感じる状態に陥りました。

そのような中で、起きた事故に対し「納得して、終わりたい」と思っていました。

納得しなければ、後々引きずるだろう。

何かやろうとする時に、事故を言い訳にしてやらない自分が容易に想像できたからです。

でも、どうやったら自分が「納得」できるのかが、わかりませんでした。

なので、当初は、似たような事故の事例がないかを探していました。

類似事例に、自分の事例を当てはめたら、何となくでも答えが見えるのではないかと考えたからです。

ところが、探しても探しても、類似事例は見つかりません。

それ所か、自分の事例のイレギュラーさが際立つように感じるのです。

当たり前です。

「私」は「私」であり、他の誰かではないのですから。

誰かの事例に、自分を当てはめることを通じて答えを求めようとしてもダメなのだということを、この頃の私は、まだ気づくことができません。

自分がどうしたいのかがわからない

もともと、自分の問題は自分で解決したいと考えていた私は、納得した上で現状を変える為に、様々な情報を集めるようになりました。

でも、集めた情報が、どうにも、私の現状を変えることへと結びつかないのです。

大抵、このような情報には「自分がどうしたいのかが、大切だ」とあります。

「あなたは、どうしたいのですか?」と聞かれたら、あの頃の私は「現状(が不快だから)を変えたい」と即答していたと思います。

ただ、具体的に、どのように現状が変わったらいいのかと聞かれると、自分がどうしたいのかが、どうなりたいのか、全然わからないと感じて、答えに詰まっていました。

でも、全然わからないと思いながらも、言葉に表せないだけで、感覚的には、自分がどうしたいのか、求めている何かがあるという状態だったのです。

なので、苦し紛れに、よくある「プライベートも、仕事も、お金も、対人関係も、健康も、何もかも思い通り」といった内容を捻りだしては何か違う・・と感じて、行き詰るということを何度も繰り返していました。

「現状を変える」方法はたくさんあるけれど・・

世の中には、本当にたくさんの「現状を変える」と謳っている方法があります。

例えば

  • とにかくポジティブに考えよう、振る舞おう
  • 楽しいことをやってみよう、好きなことだけをしよう
  • 「感謝する」「自分を責めない」「許す」「手放す」「笑顔になる」「ありのまま認める」「自分を好きになる」「自信を持つ」ことが大切。
  • いやなことは考えないようにしよう
  • 思い切って、一歩を踏み出そう

といった内容を実行してみるのですが

  • 曖昧で、抽象的な内容に混乱する
  • どうにも取れる内容に、自分の動きが合っているのかがわからない
  • 頭と心が合致せず、表面上、うまくいっているように装う

といった具合に、うまくいきませんでした。

現在の躓きは、過去に問題があるのなら、どうしたらいいのだろう

そうやって時間が過ぎる中で「現在の躓きは、過去に問題がある」といった感じの情報に辿り着いたことがあります。

思い当たる節がいくつもあった私は、仮にそうだとして

  • 今更、過去に戻って、人生をやり直すことも出来ない
  • かといって今のままで良いとはちっとも思えない

と思い、躓いている今、具体的に何をどうしたら、自分を立て直せるのかを知りたいと思ったのですが、その方法が見つかりません。

なので、過去の自分を思い出してみようと思いました。

躓いた時、自分はどうやっていただろう。

あの時、頑張れたのはどうしてだろう。

過去を振り返っても、ピンとくるものが出て来ず、諦めました。

現実的な、問題解決方法

現実的に問題を解決したいと思った私は、MBAを取った人の「問題解決」と謳われている本を購入しました。

書いてあることはわかる・・ような気がするのですが、いざ、自分の問題に当てはめようとすると、出来ないのです。

自分の作業が合っているのかもわからず、何となく書き出して終わりという状態になりました。

ドン底から抜けた人の話

私は「ドン底でした」「人生が変わりました」と謳っている方達の「ドン底」と「変わりました」の「間」に何があるのかを、具体的に知りたいと思っていました。

「間」に何があるのかがわかれば、現状を変えられるのではないかと思ったのです。

でも、この時期、私は「間」に何があるのかを見つけることができませんでした。

自分が探している方法は、理想に過ぎないのか

集めた情報の多さに途方に暮れた私は、あれもこれも、色々なテクニックを全て身に着けていないと現状を立て直せないような気がして焦ったり、げんなりしたり、自分を責めたり、投げやりになったりしていたのですが、そのような中で、下記の疑問を抱きました。

生きる上で、沢山のテクニックとか、心理学とか、全て身に着けていなければ、人間の力って、活かせないものなのだろうか。

もっと、別の、頭も心も合致した状態で、自然で、現実的で、実用的で、心から納得のいくやり方ってないのだろうか。

「人間が、もともと持ち合わせている力を発揮する方法」といった、人間の取り扱い説明書のようなものがあるとしたら、どんなものだろうか。

でも、私が求めている「方法」は、そもそも、実在するのだろうか。

単なる、「理想」でしかないのだろうか。

あの頃のことを、思い出して

このような過程を経て、私は、事故の後始末、アイホージュの立ち上げの決定、EFTの提供の決定と進みました。

「もしかしたら、世の中の誰かが、私が使った「自分で自分をありのまま認め満たす」方法を探しているのかもしれない。」と言う思いに至った時。

私は、あの頃、探しても探しても、納得の行く方法を見つけられなかった自分が

いつか、立て直せない状態から抜け出したら。

何が起きていたのか、何故、立て直せなかったのか。

どうやって、抜けられたのか。

といったことを、事細かく明らかにしたい。

と思っていたことを、思い出したのです。

その時。

他の誰かがこの方法を探している姿が、頭の中に、思い浮かびました。

もし、誰も探していないのであれば、止めればいいや。
そう思い、次の段階へと進みました。

時が流れてわかること、思うこと

あの頃の私は「疑問を投げかけたら、自分がその答えを探す」ということを、まだ知りません。

2016年のことだと記憶しているのですが、HP記事を書く為に、あの頃抱いていた数々の疑問を改めて眺めた時。

私なりに、投げかけた疑問の答えを、私なりに全て知っている!と気付いて、びっくりしたのを覚えています。

ありのまま認める×EFTが、「疑問を投げかけ、答えを探す」ことの連続、積み重ねで、今の内容に至っているのだと思うと、何とも嬉しい気持ちになるのです。

次回に続きます。