前回の続きです。

病院で、初めて自分の現状を言葉で把握した時のこと

紹介状をもって、初めて精神科を訪ねた日。

医師達は、私の話すことを一切否定せず、時間をかけて聞いて下さいました。

その後、医師から、症状についての説明があった他に
「沢山問題を抱えているのに、何も解決していない状態にある」
と言う指摘を受けました。

私は、医師から指摘を受ける迄、自らの状態を、言葉で認識することが出来ないまま「どうしたら、現状が変わるのか」に意識を向け、あれこれ考え、悩み、堂々巡りをし、不安定になっていたことに初めて気づきました。

自分の現状を、適切な言葉で表してもらって把握した時、安堵したことを覚えています。

通院するうちに生じた変化

最初のうち、通院で心安らいでいた私ですが、通ううちに、話しても話足りない、あれも話せなかった、これも話せなかったという不満を抱くようになりました。

また、医師たちに話を否定されずに聞いてもらって安心するけれど、私の問題は、何も変わっていないという焦りも出てきました。

「通院していたら、現状が何かしら変わるかもしれない」という漠然とした期待を抱いていたからです。

最終的に「通院しても、何も変わらない」と感じる状態で、治療を終えました。

りんりんりんりん

でも、今、あの頃のことを振り返ると、当時とは、異なる捉え方をしている自分がいます。

ここから書く内容は、あくまで私事であり「大人の、自分らしさを活かす」という視点からのものであることを、ご理解下さい。

私は、確かに回復していた

治療を通じて、順調に回復していたからこそ私は「次の段階」へと進むことができた。

というのが、今の私から見た、当時の自分です。

順調に回復していたから、次の段階へと進むことができたということを説明するには、「そこに至るまでの私の過程」を書く必要があるのですが、長いので、3-4回に分けてお伝えする予定です。

ありのまま認める×EFTについての簡単な説明

「過程」を書く前に、ありのまま認める×EFTについて、少し説明します。

ありのまま認める×EFTのテーマは、「大人の自分の欲を、適切に満たす」です。

私は、ありのまま認める×EFTの取り組みを通じて

人生とは、生きるとは

  • 自分の欲を認め満たすことの連続・積み重ねで、それしかしていない
  • 欲を認め満たす為に、人は思考し、行動し、結果を得て、感情が生まれ、思考し、行動し・・と積み重ねていく

自分の欲を満たすにあたっては

  1. 自分の思考や感情、言動等を、自分でありのまま認め満たすこと
  2. ありのままの自分を抑えて装うことで、周囲の認めてほしい誰かや何かに、自分を認めてもらえたと感じ満たされること

のいずれかによって

  • 原動力を得て、次の段階に進む
  • 主体的に思考し、行動できる

ということに気づきました。

1のやり方の場合、自分を満たせるかどうかは「自分次第」。
2のやり方の場合、「周囲次第」です。

もし、2のやり方で、自分を満たせない場合は

  • 原動力が得られないので、次の段階には進めない
  • 原動力を得られるまで、誰かに自分を認めてもらう為の活動をしなければならない

のですが

りんりんりんりん

「2のやり方で、原動力を得るために、誰かに自分を認めてもらう為の活動をしているのに、認めてもらえないと感じ、原動力が得られない」

というのが、セッションをお受け下さる方が訴える問題・悩み
です。

躓きのパターン

2のやり方で、原動力を得るための活動をしているのに、原動力が得られない場合。

原動力を得る為に、自分を抑えて装う動きが出る
(自分がどうしたいのかではなく、誰かの言うことに従えば、現状が変わるという思い込みが生じた動きが出る)

原動力が得られない

主体的に思考し、行動して欲を満たすことが出来ない

原動力を得る為に、さらに自分を抑えて装う動きを強める

原動力が得られない

主体的に思考し、行動して欲を満たすことが出来ない


という「躓きのパターン」が、出来事を変えた状態で延々と続くのですが、本人は気づくことができません。

当方のセッションやホームページで
「人間関係」
「恋愛」
「結婚」
「子育て」
「お金」
「仕事」
「親子関係」
「成長過程への不満」
「やりたいことをやる」
等、どのような悩みであれ、うまくいかないと思う時は、
いつも自分を抑えて装う選択をし、躓きのパターンに、はまっていると謳っておりますが、

次回から記述する「過程」を読むと、私が自分を抑えて装う選択をし、躓きのパターンを繰り返しているのが、おわかりになるのではないかと思います。

以前の私の原動力の得方

短大を卒業し、正社員として働いた頃の私は

「頑張る」

「誰かに自分を認めてもらえた」と自分が感じる

「頑張れる」

うまくいった

「誰かに自分を認めてもらえた」と自分が感じる

「さらに頑張れる」

といった感じに、原動力を得ていました。
(※理由があって、このような原動力の得方になっているのですが、それについては追々説明するので、ここでは省略します。)

その為、無意識のうちに、頑張れば何とかなる(誰かに自分を認めてもらえたらうまくいく)と思いこんでいました。

でも、34歳の頃、困ったことが起きました。

頑張れば何とかなるはずが、何ともならなくなっていたのです。

今なら、うまくいかなくて当然だと思うのですが、当時は、何が起きているのか、ちっともわかりませんでした。

次回に続きます。