前回の続きです

頑張れば何とかなるはずが、何ともならない

私は、学校と仕事、仕事とリラクゼーションのバイトと言った具合に、スケジュールを詰め込んでいて、このまま頑張っていれば、何とかなるのではないかと思っていました。

周りから「頑張っているね」と声を掛けられると
「頑張れそう、この先、何とかなりそう」な気がするのだけれど、
実際は、何ともなっていない。


このまま頑張っても、うまくいかないんじゃないか。

不安や恐怖が、交錯していました。

このような思いが湧く時は、見ないように努めていました。

現状を打破する為に~自信がないから自信をつけたい~

34歳になった私は、独立をする為に「どこか厳しいお店で、頑張ろうか」と考えます。

技術に自信がないから、独立することが怖いと思っていた私は、リラクゼーションサロンの同僚から、いわゆる「厳しい修行」を経ていた話を聞いていたことを思い出し、

りんりんりんりん

全然気乗りはしないけれど、自分をそれ位追い込んだら、独立することや技術に自信が持てるのかもしれない・・

と思いました。

そんな中、休みのつもりで青森に帰省したのですが、状況が一変します。

東京生活がいきなり終わる

青森に戻って10日程過ぎた頃。
かねてから患っていた父が、末期状態だとわかりました。

1か月程悩んだのですが、道半ばで東京から引き揚げることを決め、引っ越しして、2日しか住んでいないマンションを引き払いに、東京に戻ります。

2週間程滞在する予定だったのですが、東京についた日の夜、電話で「父が、いつ急変してもおかしくないと医師から言われた」という話があり、急いで荷物の手配をして、4日後、青森に帰りました。

りんりんりんりん

引っ越しした時の荷物を、ほとんど解いていなかったことが幸いでした・・


父が旅立ったのは、そこから2週間後。

何を選ぶことが、正解なのかがわからない

青森に帰ると決めたのは私ですし、父の介護をし、いろいろ話をして見送ったので、良かったと思うのですが、もっとああすればよかった、こうすればよかったと悔やむ思いが湧きました。

また、「何も決まっていない、自分のこれから」を考えると、帰ってきて本当に良かったのだろうか、「もし、あと2週間だと知っていたら、マンションを引き上げなかったのに」と言う思いもありました。

何を選ぶのが、正解だったのか。
何を選んだら、良かったのか。

全然わかりませんでした。

同じものを見ていても見る場所が違うと見え方が異なる

当時のことを、私は「タイミングが悪すぎ」「運がなくなった」と思っていました。

でも、今は、全く異なる見方をしています。

「誰かに、自分を認めてもらうことで原動力を得られる」環境から離れて

「東京に行ったら、学校に入ったら、修行をしたら、自信が持てたらサロンが立ち上がる(誰かに自分を認めてもらえたら、うまくいく)」という、実際は、成り立っていない思い込みに対峙しながら

「自分で自分をありのまま認め満した上で、主体的に思考し、行動する方法」を探す流れの中にいて、少しずつハードルを挙げながら、求めているものへと確実に近づいている

と映るのです。

今の私から見えること

前回の記事で

  1. 自分の思考や感情、言動等を、自分でありのまま認め満たすこと
  2. 周囲の認めてほしい誰かや何かに、自分を認めてもらえたと感じ満たされること

のいずれかによって

  • 原動力を得て、次の段階に進む
  • 主体的に思考し、行動できる

と書きました。

東京に行く前、短大を卒業し、正社員の営業事務職として働くようになった私は、誰かに自分を認めてもらえたと感じることが多い、原動力の得やすい環境・ポジションにいました。

小学校の高学年の頃、ぼんやりと「勉強の仕方が分からない(=主体的に思考し、行動し、興味深く物事を掘り下げること)」と思うようになり、学生の頃は、その場を凌ぐように何となく何とかしていた私でしたが

仕事においては、誰かに自分を認めてもらえたと感じる場面の多い環境の中、日々の業務を通じて「主体的に思考し、行動する」ことを、10年近く積み重ねます。

30歳の時に、整体の勉強をする為に会社を辞め、東京に移り住んだことにより、私は、誰かに、自分を認めてもらえたと感じることで原動力を得られる、安定した環境とポジションから、離れました。

つまり、私は、主体的に思考し、行動する為に必要な、原動力を、周囲から得る環境を断つことにより、ハードルを1つ上げた状態で、「自分で自分をありのまま認め満たす」に近づいていたのです。

ハードルを上げる

ハードルを上げるとは、「自分が飛びたいと思っている高さを、当たり前に飛べるようになる為に、現時点で飛べる高さから、一段階上げる」です。

「大人の、自分らしさ」を活かす為に必要な「手持ち道具(武器)」を、経験を通じて1つ身に着ける とイメージすると、わかりやすいかもしれません。

小さい頃から今に至るまでの長い間、知らず知らずのうちに「誰かに自分を認めてもらえたと感じることで、原動力を得ていた場合。

周囲から原動力を得ることに、時間や労力を費やし、消耗しているので、「大人の、自分らしさ」を活かす為に必要な「手持ち道具(武器)」を

  • 持ち合わせていない
  • 持っていたとしても、使える状態にはなっていない

のです。

一回飛べたら「道具」を手にしたことにはなりますが、次に飛んだら飛べない「まぐれ」かもしれません。

どんなにすごい道具を持っていたとしても、使う必要のある場面で、適切に扱えなければ、活かせませんし、宝の持ち腐れになります。

当たり前に使えるようになるには、一段上げたハードルを、当たり前に飛べるようになるまで飛ぶ練習が必要です。

一段上のハードルを、当たり前に飛ぶようになる頃。

今より一段高いハードルが、次の目標になります。

ハードルを一段上げたは良いけれど

さて。

ハードルを上げ、主体的に思考し、行動する為に必要な原動力を、周囲から得る環境を断ったのであれば、私は

1・自分の思考や感情、言動等を、自分でありのまま認め満たすこと
が出来る必要があります。

でも、この頃の私は、1の存在を知りません。

2・周囲の認めてほしい誰かや何かに、自分を認めてもらえたと感じ満たされること
しか身に付いていないのです。

その為、2のやり方のまま現状を突破しようとします。

新しい環境の中でも、周囲から認めてもらえたと感じることで、原動力を得られる場面は、いろいろとありました。

でも、青森に居た頃に比べると、周囲から得られる原動力が、圧倒的に足りなかったのです。

住環境、職場、学校と、日々の生活が変わったこともあって、私は、ぼんやりとした不安と恐怖を抱えていました。

次に続きます。