前回の続きです。

漠然とした不安や恐怖が募る理由

住環境、職場、学校と、日々の生活が変わったことで、私は、ぼんやりとした、不安と恐怖を抱えていました。

わかりやすい変化が起きる時、不安定になるのは致し方ないことです。

まさか、職場で当たり前に得られていた原動力が、仕事を辞め、得られなくなった為に、不安定になっているだなんて知る由もなかった私は、漠然と「将来の見通しが立っていない」ことを恐れるようになりました。

この状態では

  • 原動力が足りないので、次の段階には進めない
  • 主体的に思考し、行動することが出来ない

のです。

その為、「将来の見通し」とは、具体的に何を指すのか。
何を目的に、どこに行こうとしているのか。

といったことを、自らに問い、答えを明らかにすることができなかったのです。

なので、漠然とした不安や恐怖が、自分の中でどんどん膨れていきました。

漠然とした不安や恐怖への対処

どうしていいのかわからなかった私は、いわゆるネガティブと呼ばれる思いや感情が湧いた時は、見ないようにしていました。

見ないように、と書きましたが

  • いわゆるネガティブと呼ばれる思いや感情を、無理やりポジティブと呼ばれる思いにすり替える
  • ないふりをする

等も「見ないように」と同じことです。

ネガティブと呼ばれる感情を見ない選択をすると、うまくいかない

もし、いわゆる、ネガティブと呼ばれる思いや感情が湧いた時に
「見ない」選択をした結果、
「将来の見通しがついた」となるならば。


「見ない」という選択が、適切であり、問題がないと言えるでしょう。

でも、「見ない」選択をした結果、
「漠然とした不安や恐怖が膨れていく」のであれば。

この選択をし続けても、
「漠然とした不安や恐怖が膨れていく」だけであり
将来の見通しが立つことはありません。


りんりんりんりん

つまり「見ない」選択をしてはいけないということです。

部分を見て、全体を見ないリスク

いわゆる、ネガティブと呼ばれる思いや感情を見ないようにした場合。

一時的に、うまくいったように感じるかもしれません。

でも、長期に渡って行う(見ない選択を長期的に積み重ねる)と、必ず歪が生じますし、立て直しをするのも大変になります。

「見ないようにする」とは
「あるものをないとする」「ないものをあるとする」ことでもあり
「自分をありのまま認めない」ことでもあります。

これは、「自分に嘘をつく」行為でもあります。

自分に嘘をつくことは、自分の中で原動力を生み出せない原因にもなりますし、自分を混乱させることにもなります。

その為、現状を把握することが出来ず、どこで躓いているのかわからないし、立て直しの仕方もわからない(だから、出来事を変えた状態で、ぐるぐる回り続ける)ということが起きるのです。

見ない選択を長期的に積み重ねることによって、時間・労力・お金・人間関係・自信・存在価値・居場所 のロスが積み重なります。

ロスの積み重なりが、日常生活において

  • いじめ、~ハラ、虐待
  • 家庭不和、離婚
  • 対人トラブル
  • 金銭トラブル
  • 嫉妬、執着、依存

など、様々な問題へと繋がっていきます。

りんりんりんりん

つまり、「自分をありのまま認めない」ことが、このような問題の根本原因となるのです。


では何故「ネガティブを見ないようにしよう」という内容が、世の中で横行しているのか、不思議に思うかもしれません。

これには、色々な理由があるのですが、今日は、そのうちの1つを紹介します。

現状を把握することが出来ず、どこで躓いているのかわからないし、立て直しの仕方もわからないので

問題を全体的に見て、根本から手を打つことができず

「ネガティブがあるからうまくいかない。ネガティブをみなければうまくいく。」といった具合に

部分的に見て、部分に対処しようとする動きが出るからです。

感情と理性、両方活かす

「感情的な人」・「理性的な人」といった比較がありますが、「自分で自分をありのまま認め満たす」ことによって、感情も理性も、両方活きます。

私は、ありのまま認める×EFTの取り組みを通じて

不安や恐怖といった、いわゆるネガティブと呼ばれる感情
(に限らず、自分の中に生じる、思考や言動等)を

「ある」と認め、自分で満たすことによって
周囲によって賄っていた原動力を、周囲に関係なく、自分の中に生み出せる

と気付きました。

自分の中で原動力を生み出し、自己充足することによって、主体的に思考し、行動する為に必要な、自らへの問いかけ

  • 不安定になる理由を明らかにする
  • 自分は何が欲しいのか、どこに行こうとしているのか
  • 今の自分の選択は、欲しいものへと近づけたり、辿り着けたりするものなのか
  • 望む所へ行く為に、今、何をする必要なのか

が可能になり、自分から答えを引き出せるのです。

答えを引き出したら終わりではありません。

引き出した答えをもとに、行動することが必要です。

実際に、行動することで、得た結果を次に繋げたり、活かしたりできるのです。

このようなことから、「感情」も「理性」も、どちらも大事です。

どちらかを切り捨てるのは不自然です。

行動するのは面倒だから、一気に変わりたい

自分から答えを引き出し、行動に繋げて、結果を得て、次に繋げて活かすことを「面倒臭い」と感じ「とにかく一気に変わりたい」と思われるかもしれません。

他者から原動力を賄っていて、現状を把握することが出来ず、どこで躓いているのかわからないし、立て直しの仕方もわからない場合。

周囲から、沢山原動力を得たり、
すごい誰かから原動力を得たりすることで、
一気に現状を変えられるという期待が生じる、思考状態になっている
から
そう思うのは当然なのです。

ただ、実際は、一気に現状が変わるどころか、さらなる混乱を招くだけなので、注意が必要です。

現状を把握することが出来ず、どこで躓いているのかわからないし、立て直しの仕方もわからない為

ネ子ネ子

うまくいくはずなのに、うまくいかない。
なぜ、うまくいかないのか、全然わからない。

と悩むことになります。

周囲から「ものすごい原動力」を得て、一気に現状を変えよう!

さて。

漠然とした不安や恐怖を埋める為に、スケジュールをびちびちに詰め込んでいた私は「鬼軍曹のような師匠がいる、厳しいお店で修行で、自分を追い込む」ことを考えました。

りんりんりんりん

自信がありそうに見えた同僚がやっていたように、私も厳しい修行をし、師匠から「もう大丈夫」と太鼓判を押してもらえたら、独立することや技術に、自信が持てるのかもしれない。

(師匠に自分を認めてもらえたら、自信を持てて、独立できるのかもしれない)と思ったのです。


無意識のうちに「すごい誰か(師匠)に自分を認めてもらうことで
(誰かに認めてもらえたと自分が感じることを積み重ねて)
一気に現状を変えよう」と考えた私は

  • ごく普通の誰かに認めてもらえる原動力が「小」
  • すごい誰かに認めてもらえる原動力が「大」

といった具合に、一粒で、何倍もおいしい、濃い原動力を得ようとしたのです。

ここで、私の「誰かに自分を認めてもらうハードル」が、上がります。

私の本音

ただ、困ったことがありました。

本音では、
鬼軍曹のような師匠へ師事することに、全然気乗りしていないのです。

ちなみに、私の師匠に当たる方は皆「あなたのやりたいようにやれ!」というタイプで、鬼軍曹はいません。

仮に、乗り気がしない状態でも、主体的に「鬼軍曹のような師匠の所へ行く」を選択するなら、何かしら得るものがあるのです。

でも、他者から「原動力」を得る為の選択になると、現状を把握することが出来ず、どこで躓いているのかわからないし、立て直しの仕方もわからないので、躓きのパターンにはまったまま、抜け出せなくなります。

「大人の、自分らしさ」が、どんどん萎縮する悪循環に陥りますし、自分の中で、別の問題が増えていきます。

そのような状況の中で、師匠が、望む望まないに拘わらず、私は、師匠の顔色をいちいち窺いながら、師匠の気に入るように振る舞うことで、原動力を得ようとするでしょう。

実の所、私は、鬼軍曹タイプの師匠の元で修行したり、物事に取り組んだりするのは、すごく苦手です。

それを選んだとしても、教師から体罰が盛んだった、中学の頃にやっていた

  • 周囲に対して萎縮し、表向き、やっているフリをする
  • 鬼軍曹がいるからやる、いなければやらないといった感じに、自分で考えて行動することができなくなる
  • 鬼軍曹が黒といったら、白いと思っても、表向きは黒と言わなくてはいけない

いう状態になると思います。

私は、そういうやり方ではない方法を探していた・・はずでした。

でも、原動力を、他者から得る方法しか身に付いていないが故に、そのやり方のまま「すごい誰かに自分を認めてもらうことで、現状を変えよう」としていたのです。

環境を変えても、私の問題は、何も解決していないという悩み

「父の末期状態」により、私は、鬼軍曹のような師匠を探すことを回避します。

そして、十分ではなかったけれど、周囲に認めてもらえたと感じることで原動力を得ていた東京を離れ、青森に戻ります。

でも、私の問題は、何も解決していません。

これまでと変わらず

  • 原動力が足りないので、次の段階には進めない
  • 主体的に思考し、行動することが出来ない
  • 不安定になる

状態にある私が、現状を変えたり、問題を解決したりする為には
1・自分の思考や感情、言動等を、自分でありのまま認め満たすこと
が必要です。

私は、1の方法に辿り着く迄、出来事を変え、少しハードルが上げながら
2・周囲の認めてほしい誰かや何かに、自分を認めてもらえたと感じ満たされる方法
方法を使った「躓きのパターン」を繰り返します。

問題から目をそらしても、問題は解決しない

見通しが経たない状態で青森に戻った私は、父のことを最優先にしていたので、家族から原動力を得ていました。

なので、迷いながらも、東京から引き揚げることを決められたのだと思います。

ただ、変わらず
2・周囲の認めてほしい誰かや何かに、自分を認めてもらえたと感じ満たされる方法
しか知らない上に、家族以外から原動力を得ることができず、原動力が足りない状態にありました。

その為、自分の選択が本当に良かったのかがわからず、いつも、漠然とした迷いが自分の中にありました。

父が亡くなり、葬祭一通りを終え、日常の静けさが戻ってきた時、ハードルが1つ上がります。

父を優先していた頃には、考えずに済んでいた、「何も決まっていない、自分のこれから」に意識を向けざるを得なくなったのです。

  • 自信がないのに道半ばで戻ってきている
  • 不安や恐怖心で不安定になっている
  • 勤めておらず、家にいるので、誰かに認めてもらえたと感じることがほぼなく、原動力を欠いている

状態にあった私は、この時点で、「独立」を選べるはずもなく、どうしたものかと考えました。

独立する為の準備

実は、東京を離れる直前の時期、私は、青森で営業事務職として働いていた時と「扱う商品が異なるけれど、ほとんど同じ業務」に付いていました。

紹介を受けた会社が、たまたま、そこだったのです。

この話が来た時、リラクゼーションのバイトで、技術を向上させたいと考えていたので、技術向上を優先する為に、普段の仕事は慣れた業務で良いやと思ったのです。

勤め始めてすぐに、私は、この選択を後悔しました。

「同じ仕事をするなら、どうして、前の会社を辞めたの?」と。
(当時は気づきませんでしたが、あの時の後悔は、この先「二度と同じ選択をしないよう、退路を断つ」為に必要だったのです。)

後悔の中で、私は、この先どうしたものかと考え、修行を思いつき、事務仕事の契約を「休みに入る前迄」にしていたのです。

こういう背景があったので、青森に戻った私に「事務職」の選択はありませんでした。

東京に居た時のように、仕事がたくさんある訳でもない青森で、何をしようか考えた時。

東京で起業に関する講座を受けた際に、講師の「事業を立ち上げるなら、営業職を経験しておくと良い」という言葉を思い出しました。

そして、何となく、気乗りしないまま、講師の言葉に従い、営業職に就くことにしたのです。

2・周囲の認めてほしい誰かや何かに、自分を認めてもらえたと感じ満たされる方法
しか知らない私は、「鬼軍曹のような師匠」を「講師」に変えた状態で、2のやり方のまま、現状を突破しようとします。

次に続きます。