自虐は自己犠牲による悩みの対処方法の一つ

セルフケアサロン・アイホージュの伊藤みつるです。

「こんなことがあってさー」

本人にとっては深刻であろう内容を、明るく、面白く話して笑い飛ばす。

周りも盛り上がる。

あなたは、このような場面に居合わせたことはあるでしょうか。

私は結構やっていました。

やっていましたと過去形にしているのは、自律最善タッピングを通じて「やっちゃいかんな」と思ったからなのです。

どうしてかというと、これって「自己犠牲の積み重ねによる、悩みの解決方法の一つだ」と気づいたから。

自虐で盛り上がると無意識のうちに思っていた頃のこと

若い頃、一年の間に、怪我をし続けた時期がありました。

最初は、医師から
「バカモン!あと一日遅れたら出血多量死していたぞ」
と言われるほどの大けが。

今だと問題発言になりますが、時は昭和から平成に変わってすぐの頃。

これは、タイミングと私の不注意が絡んでいるのですが、人からみたら「そんなことってあるの?」と思うような、単独の珍事故。

多くの人から
「大変だったね、大丈夫?ぷ(笑)。」
という反応が来たことで、面白おかしくネタにしていた自分がいたのです。

怪我が止まったのは、転んで顔をぶつけて前歯を一本折った数日後に、自転車を大破させるほどに派手な転び方をし、親に「いい加減にして」と言われてから。

実は、四か月前にも別な前歯を折っていて、これは二本目。

当時の自覚はここまで。

自虐で盛り上がることで私が得ていたもの

後に、自律最善タッピングを使うようになって、現在の問題に対し、若い頃に続いた怪我を思い出した時に、私は、周囲の盛り上がりに、無意識のうちに自分を認めてもらえたと感じて安心していた自分に気づきます。

これは、自己犠牲による悩みの対処方法であり、「承認欲求を満たす」ことで、うまくいくと感じる状態です。

怪我がネタになるなら、私は、無自覚・無意識のうちに怪我を繰り返し、自らを傷つけることで周囲に笑いを提供し、注目を集めようとしても、全然おかしくない。

これまで全然意識していなかった、無自覚な自分の動きを

  • 感覚
  • 言葉
  • タッピング
  • ありのまま認める

を掛け合わせて客観的に捉え、意識した私はぞっとしました。

無自覚・無意識って本当に怖いし、自らを傷つけて笑うなんて痛々しい。

どんどんエスカレートしたら、体がいくつあっても足りないし、命を失ってもおかしくない。

自虐はシャレにならん、やめよう。

そのような考えに辿り着きました。

メタ認知能力を育んで自虐から抜け出す

でも、気づいてやめようと思っても、長く使い続けて身に付けた、うまくいく(盛り上がる)と感じる方法も、自分も、すぐには変えられません。

なので、さまざまな場面で、誰かに自分を認めてもらえたと感じて安心したかった過去の自分が顔を出す度に、タッピングを用いて、ありのまま認め、軌道修正をし続けました。

この取り組みによって、知らず知らずのうちに、メタ認知能力を育んでいたのですね。

結果私は「自虐は、自分のためにも、周りのためにもならない」と心から納得し、自虐しそうになった時は、別なやり方があると気づいて、軌道修正するようになったのした。

自虐と事例の線引き

私は仕事柄、自分のつまづいた事例を使う時が結構あります。

表に出す内容は、自らの内では処理が終わっていて、自律最善タッピングを解説するために必要と判断してのこと、です。

そんな訳で、自虐で場を盛り上げるのではなく、楽しい内容で楽しみたいものだ、といつも思っています。

クライアントさん達にも「自分を傷つける上に、魅力や持ち味が活かせないから、自虐しそうになったらタッピングを使って軌道修正!」とお伝えしています。

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