前回からの続きです。

周囲とのやり取りを子が従属的に捉える過程

周囲とのやり取りを通じて、子が自分の本心(ありのまま)を主張した際

  • 周囲が「子をありのまま認めよう」という情報のもと、子の言い分や要求を何もかも通して子を「子供のありのまま」の状態に留めさせる

  • 子の主張・態度・雰囲気等が、周囲が思い描く「良い子」でなかった為に、子が内心どう思おうが関係なく表向き、周囲が望む良い子になるよう、子に要求する

ということが起きる時、子は周囲とのやり取りを従属的に捉えます。

自分を活かさない対応が身に付く過程の図です
前者の場合は

  • 子は周囲にお構いなしに、ありのままの自分で振る舞い、周囲を自分に従わせる
  • 周囲は甘いなあと思っても可愛さから、子の言うことを何もかも聞きいれる



後者の場合は

  • 周囲は、躾、あなたの為を思ってなどと称して、子が内心どう思っていたとしても、表向き、周囲の言うことに子を従わせる
  • 子は納得していなくても、表向き、周囲の言うことに従わざるを得ない

です。

前者の「子供のありのまま」の状態に留めさせることについては、前回説明したので省略し、ここでは後者について説明します。

理想の良い子になる事を求める周囲と良い子になれば自分の思い通りになると学習する子

小さい子は、本能的にありのままの自分を認めること、満たすことを知っています。

ただし、身に付いているのは「子供のありのまま」だけであり、一般的な良し悪しの判断は知りません。

その為、本心(ありのまま)を表に出した際に、周囲の反応が子の思い描いたものではなく、周囲に自分を認めてもらえない・満たしてもらえないと感じる場合。

納得できずに「子供のありのまま」の状態で泣きわめいたり、拙い表現で何かしら訴えたりするでしょう。

自分を認めたり、満たしたりする為に理想の良い子像を求める周囲

周囲にとって、子のありのままの主張・態度・雰囲気などが、周囲が思い描く「良い子」ではない場合。

躾・あなたの為に、などと称して、子が内心どう思おうが関係なく表向き、周囲が望む良い子になるよう、子に要求することになります。

周囲の言動によって、子が周囲の求める「良い子」に振る舞えたら、周囲は子を誉めたり、喜んだり、叱るのを止めたり、ご褒美をあげたりすることを通じて、子を認めます。

従属的な関係で互いの認め満たしあいをする
そうでなければ怒鳴ったり、叱ったり、脅したり、叩いたり、無視したりして、周囲の望むように動くよう、子を促します。

なぜなら周囲は、無意識のうちに

自分の言動に対し、子が表向き、自分の思い描いた通り、もしくはそれ以上の反応をすることによって

  • 良い子に育っている
  • うまくいっている

と安心(自分を満たす)し

  • 自分の子育てが間違っていない(周りに認めてもらえるものである)
  • これで良いんだ(自分は間違っていない・正しいことをしている)

と自分を認めることが出来る

からです。

自分を認めること、満たすことがヒト・モノ・コト次第の周囲

子が周囲の言動に従い、表向き、周囲の求める良い子として振る舞うことによって、周囲は初めて自分を認めたり、満たしたりできる。

子が周囲に従わず、表向き、周囲の求める良い子になれなければ、周囲は自分を認めたり、満たしたりすることができなくなるので、不安定になる。

といった具合に、周囲は「自分を認めること、満たすこと」がヒト・モノ・コト(誰かや何か)次第になっていて、子(の動き)によって自分を認めたり、満たせたりする状態にあります。

なので、安心・安定を得る為に、無意識のうちに、子が自分の思い描く良い子になることを求めて行動します。

周囲の求める良い子になればうまくいくと学習する子

子は、社会で生きていく為のルールやコミュニケーション方法を身に付けるにあたり

誰かに自分(の動き)を

認めてもらう(しかない)

満たしてもらう(しかない)

状態にあります。

誰かに自分の動きを認めて貰うしかない子の図です

その為、仮に納得していなくても、周囲との力関係によって、表向きありのままの自分を抑え、周囲に認めてもらえる自分になって、周囲の良し悪しの判断に従わざるを得ません。

時に周囲は、子に何を伝えたいのかがわからないまま子に対し、周囲が求める反応をするよう要求してきます。

子が周囲の指示通りに動いているのにも関わらず、周囲の思い通りの反応をしていないことが不満で、さらに周囲の求める反応をするよう子に強要することさえあります。

このような中で子は、混乱したり、困惑したりしながら、周囲の顔色を窺います。

そして「どうやったら、周囲に自分を認めてもらえるのか(周囲が自分の思い通りの反応をするのか)」を考え、周囲に合わせ、表向き、ありのままの自分を抑えて行動します。

そこから子は

自分の言動(表向き、ありのままの自分を抑える)に対し、周囲が子を誉めたり、喜んだり、叱るのを止めたり、ご褒美をくれたりすることなどによって

  • うまくいった
  • その場を凌げた

と安心(自分を満たす)し

  • 自分は間違っていない
  • 正しいことをしている
  • これで良いんだ(自分の言動は、周りに認めてもらえるものである)

と認識します。

周囲に対し、表向き自分を抑えることによって自分を認めたり、満たしたりする為、

自分をありのまま認めなければ(自分を犠牲にすれば・自分を否定すれば)うまくいく

と学習するのです。

言い換えると、ありのままの自分でいてはいけない ということです。
ありのままの自分でいたら、うまくいかないことになっているのですから。

前々回、ただありのまま認めたら良いんだよでは済まない話2で、ありのままの自分を認めてはいけない理由があると書きましたが、これがそれに当たります。

2タイプのありのままの自分を抑えて装う子

ありのままの自分を抑えて装うにあたり、子は

X・表向き自分を抑えて、周囲が求めるものを察して要領よく動くタイプ

Y・何とかありのままの自分を分かってもらいたいと主張を続けたものの、周囲に自分を認めてもらえない(わかってもらえない)と感じることが続いた結果、ありのままの自分がおかしい、自分が間違っていると自分を責めることで自分を抑え、周囲に従おうとするタイプ

に分かれます。

自分を認めること、満たすことがヒト・モノ・コト次第の子

子も「自分を認めること、満たすこと」が、ヒト・モノ・コト(誰かや何か)次第で、周囲(の動き)によって自分を認めたり、満たせたりする状態です。

Xの子は

表向き、自分を抑え、周囲に認めてもらえる自分になりさえすれば、うまくいく・願いが叶う。

(自分が犠牲になれば、ヒト・モノ・コトが自分の思い通りになり、自分を満たすことも、認めることもできる)

Yの子は

生きていくには、周囲に認めてもらえる自分にならなければいけない。(=自分を(完全)否定しなければならない)

自分を完全否定して、人に認めてもらえる自分になれば、うまくいく・願いが叶う。
(自分を完全否定すれば、ヒト・モノ・コトが自分の思い通りになり、自分を満たすことも、認めることもできる)

と捉えて、Dの認め方、満たし方を身に付けます。

自分を活かさない対応が身に付く過程の図です
ここではDの認め方、満たし方を

「ありのままの自分を抑えて装う」

と言います。

Xの子は、成功体験

Yの子は、生きていくには、周囲に認めてもらえる自分にならなければいけない(=自分を否定しなければならない)

と捉えて「ありのままの自分を抑えて装う」方法を長年に渡り、悩みの解決方法、自己実現方法、処世術などとして、色々な場面で応用することになります。

互いの認め満たし合いが必要となる従属的な関係

周囲と子、どちらも「自分を認めること、満たすこと」が、ヒト・モノ・コト(誰かや何か)次第になる場合

互いの認め満たし合い

が必要です。

互いの認め満たし合いとは

  • 内心どう思っていても、表向き、お互いがお互いの思い通りに動くことによって自分を認めたり、満たしたりすること

  • 私は、あなたの犠牲になるのだから、あなたも私の犠牲になるのが当然だと相手に要求すること

  • 内心どう思っていても、表向きはみんな1つ(の意見)になること

をなどを指します。

こちらの記事で、人生は、自分を認めて満たすことの連続と書きましたが、自分を認めたり、満たしたりするには、互いの認め満たし合いが必要になります。

その為、対人関係は

私はあなたの犠牲になるのだから、あなたも私の犠牲になるのが当然だという自分の欲求を相手に認められた(相手が思い通りの反応をした)と自分が感じ、自分を満たせることを円満・うまくいく 

のです。

(ということになると強調したのは、成長するにつれて、これが様々な対人関係トラブルを引き起こす原因となるからです。)

互いの認め満たし合いが必要な為、様々な対人関係において、周囲と子のように

E・相手が犠牲になることを自分が要求する
D・自分を犠牲にする(相手に対し、表向き、自分を抑える)

ことを使い分けて生きる必要があります。

使い分けにより従属的な関係が生じる訳ですが、使い分けがスムーズに進むことを

  • 察する
  • 空気を読む
  • 人の立場になる
  • お互い様
  • 持ちつもたれつ
  • わかりあう
  • 愛しあう
  • 人の役に立つ

などと言います。

わかりやすい関係なら使い分けもスムーズですが、あくまでこれは自己判断です。

もし微妙な関係で「上から目線」「何様」などと言われたとしたら。

お相手が自分のことをどのように捉えているのか、何となくおわかりになるかもしれませんね。

小さいうちは良いけれど

小さいうちは、ヒト・モノ・コトが、誰かや何か次第であり、互いの認め満たし合いが必要で、ありのままの自分を抑えて装わなければならないという状態でも何とかなるのですが、子はいつまでも小さい子のままでいる訳ではありません。

このまま成長した場合、いろいろと不具合が出てくるのです。