感覚は知っている【2】

セルフケアサロン・アイホージュの伊藤みつるです。

この話は、

感覚は知っている【1】

の続きです。

今日、noteの記事にも書いたのですが、私が「思考や感情などをありのまま認める」方法を探し求めるきっかけは、小学校高学年の頃にあります。

当時、うまく言葉に表せない、ぼんやりとした「勉強の仕方が分からない」という思いと、これに伴う、違和・焦燥・不安・恐怖の入り混じったような感覚を抱いていました。

タッピングをするようになってわかったのは、私にとって「勉強の仕方が分からない」とは、学んだものが、自分の中でつながらない、広がらない、活きていかないという意味だったということ。

前々回の記事、感覚は知っている【1】で、先月「このまま前に進んだらまずいな」と思って、タッピングするうちに、小学校高学年のころの出来事3つを思い出したことと、必要に応じて、3つの方法を使い分けていたことを書きました。

自律最善タッピングに取り組むまでは、3つの出来事(方法)も、「勉強の仕方がわからない」と思っていたことも、私の中ではバラバラなパーツ状態で存在していて、今回、はじめて全部つながったのです。

・・あの3つの使い分けをしてるなら、学んだことがつながらないとか、活きないとか、うまくいかないとか感じるの、当然だよね!!

収まるところにおさまってスッキリ。

3つの出来事に伴う、自分の思考や感情などの細かい描写って、自分にしかわかり得ないことで、とてもじゃないけれど人には話せない内容なので、タッピングを使ってひっそり自分で直接手が打てるって何ていいんだろうって、改めて思っていました。

今後、この3つが顔を出したら、早めに気づいて立て直せるように、落とし込こもう!
とトントンしていたら、ふと20代の頃のことを思い出しました。

「正直言えば、嫌な記憶だけれど、自分の中では、すっかり終わっていて、遠い彼方の話。

一度も思い出したり、タッピングしたりしたことがない」内容です。

次回に続きます。