自分が会社を退職した理由を21年後に知って驚いた話【2】

自分軸教習所を運営する、アイホージュの伊藤みつるです。

あなたは、自分がやりたいこと、好きなことがお分かりでしょうか。

もし、わからない、わかるようになりたいと思われるのであれば、

自分で自分の思考や感情、言動などをありのまま認め

  1. 自分を癒す
  2. 自分を知る
  3. 起動修正をする
  4. 自分の意思に沿って、実際に悩みや問題に対応する
  5. 結果を得て、学びや術、自信などを得る

の積み重ねをオススメします。

積み重ねによって、あなたの中で、物事に取り組んできたプロセスがつながり、ご自身が何を求めて動いているのかが見えて来るはず!!

ということで、今日も、私の事例を使って
「プロセスがつながり、自分が何を求めていたのかを知るとは、どういうことか」
について触れます。

やりたいことや好きなことがある訳でもない中で推拿を選んだ理由

昨日の記事に、自覚していた退職理由を書きました。

自分が会社を退職した理由を21年後に知って驚いた話【1】

やりたいことや好きなことがある訳でもない。

そこから1か月くらい、ノートにあれこれ書いて「推拿を学ぶ」に至りました。

だけれど、私は、どうしても推拿をやりたかった訳ではないのです。

推拿を学ぶと決めたものの、「できれば揉んでもらいたい」とノートに書きました。

20代の頃、体の調子が優れなかったこともあって、体力が必要な揉む側になろうなんて、正直、自分でも驚くばかり。

ただ、体質の改善のため、中(国)薬を扱う薬局に通ううちに、中医学に興味を持ち始め、推拿をやってみたいと思ったことは、あったのです。

それに、幼い頃から、親に連れられ「体の調整」に出向いていたし。

でも本当にやることになるとは・・。

このような始まりだったので

どうして、揉んでもらいたいと思っていたのに、揉む側になろうとしたんだろう。

なぜ、推拿だったんだろう。

という疑問を、ずっと持ち続けていたのでした。

近年自覚していた、推拿を選んだ理由

人は無自覚のうちに、答えを探します。

タッピングに取り組み続けるうちに、一回目の答えに辿り着きます。

過去を振り返りながら、つなげていくうちに「体の改善→心の内に意識が向く」という流れに気づきました。

これが、近年自覚していた、推拿を選んだ理由です。

体を改善したら、心の内に意識が向いた

推拿の学校で、中国人医師である先生から、
人の体に触れるなら、先に自分の体と心を整える必要がある
と教わりました。

その中に「食ベ物を変えること」があり、実践するうちに、体調が良くなりました。

学校を卒業してから、本格的に食について学びたいと考え、教室にも通い始めました。

そこで「食べ物を変えると、心が変わる」という話が出てきます。

徹底して実践し続けた私は、どうなったのか。

人から、調子が悪いという話をきくたびに、「そんなもの食べているからダメなんだよ」と、相手を責める気持ちが湧くようになったのです。

自己犠牲あるあるですね。

個人的に思ったのは、確かに食べ物は大事。

体にも心にも影響がある。

だけれど「食べ物だけでは、心は変わらない」という結論に至りました。

そうであるなら、別な方法を探す必要があります。

無自覚のうちに、自分にとって、より使いやすい、効果的な方法を、段階的に求めていたのでした。

昨日自覚した、推拿を選んだ理由

もう一段掘り下がったのは、前回のブログを書いていた時でした。

前回の記事で、私にとって「営業になる」とは、

男性に従う女性から、
女性を従わせる男性の立場になるだけ

つまり、自己犠牲自体は変わらないという意味だった、と書きました。

これは「自己犠牲で、受け身のまま生きて行く」ということ。

なので、「できれば揉んでもらいたい」とは、自己犠牲で「受け身」のままでいたい、ということ。

「どうしても推拿をやりたかった訳じゃないけれど、やると決めた」のは、受け身な自分が、意思を活かして、主体的に生きることを選んだ、ということ。

その方法が、まだわからないというのに。

でも、無自覚のうちに、私はその方法を使っていたのです。

どうしても欲しかったもの

会社を辞めるにあたり「どうしてもこれは、実現したい。欲しい。」と思っていたことがありました。

そこで、直属の上司の許可を取った上で、人事部の上司に電話で交渉したんです。

今だったら、当たり前に実現できること。

でも、当時はそうじゃありませんでした。

ドキドキしながら、自分の思いと欲しいものを伝えた後、無事に上司から許可が下りました。

私は「自分の思いを伝えても大丈夫だ(周囲に認めてもらえると感じる)」という恵まれた環境にいたのです。

でも、この先は、そうではなくなります。

会社への所属と個人の違い

私にとって退職は、例えるなら、顔見知りが多く、楽しい時間を過ごせる、慣れ親しんだ大型客船から下船し、一人乗りの小型船に乗り換えるようなもの。

「認めてくれると感じる人達が、周りからいなくなる」のですから、決めたはいいけれど、ぼんやりとした恐怖心や不安をずっと抱えていました。

タッピングを積み重ねたクライアントさんであれば、おわかり頂けると思うのですが、この状態のまま、意思を活かそうとしても、

  • 強い抵抗感が湧く
  • うまくいくはずがないと思う

などで、アクセルとブレーキ、両方同時に踏んでしまうんですよね。

会社を辞める私は、この状態に対応しつつ、自分の意思を活かせるようになる必要があったのです。

満を持して会社を辞めたのだと知る

タッピングを積み重ねた今、思うことは2つ。

一つは、私にとって、退職した「30歳」は、自己犠牲による「受け身」のタイムリミット、だったということ。

若さで許される時期が、終わりに近づいていたんですね。

そんな訳で、自覚なきまま、
「受け身な自分が、意思を活かして、主体的に生きること」
「自分と他者の違いを尊重した上で、意思を活かすこと」
を求め、その方法を探し始めた、ということだったのです。

もう一つは、人事の上司との交渉をもって「会社でやれることは全部やり、満を持して辞めたのだ」ということ。

退職時、人事の上司から、はなむけの言葉を頂いたのですが、今も、それを大切にしています。