1人1人が活きる、大人のあなたらしさの活かし方【2】

ありのまま認める×EFTでは、前回触れた通り

視点

普段、あなた(自分)の欲は、どこで、どのように発生しているのか。
発生した欲に対し、あなたは、感覚・視点・思考・感情・言動等を、どのように認め、満たしているのか。

という視点で、マズローの5(6)段階欲求の図を捉えていきます。

マズローの5(6)段階欲求の図
マズローの5(6)段階欲求の図

3段階目:社会的欲求

3段階目の社会的欲求の内容は少し長い為、2回に区切って説明をします。

今回は、

  • 1,2段階目と段階の関係
  • 3.4.5段階の共通の目的と、それぞれの段階の区別
  • 所属する社会と自分と欲求との関わり

について説明し、次回、欲求の対応について触れます。

1,2段階目と3段階の関係

前回、1段階の生理的欲求と、2段階の安全欲求の説明をし、この2つは密接に関係していて、セットだと述べました。

この2つの段階と、3段階目の社会的欲求もまた、密接に関係しています。

眠い女性
1.2段階目は3段階目と密接に関係している

少し想像して頂きたいのですが、あなたは

りんりんりんりん

お腹がすいたー


りんりんりんりん

トイレに行きたいよー


りんりんりんりん

眠いよー


という状態のまま、仕事・勉強・考えごとなどに集中できるでしょうか。

恐らく、生理的欲求を満たすことに意識が向き集中し辛くなるはずです。

社会的欲求は、生理的欲求・安全欲求が満たされた状態で、集中することができます。

なので、3段階に取り組む前に

  • お腹を適切に満たす
  • 排泄を済ましておく
  • 十分睡眠を取る

ことで集中できる状態を確保しましょう。

3.4.5段階の共通の目的

自分を生かす・自分を生かす
1-2段階が「自分を生かす」、2-5段階が「自分を活かす」です。

3.4.5の欲求は、それぞれ密接に関係していて

社会に所属する、一個人であるあなた(自分)を活かす

という共通の目的があります。

共通の目的のもと、それぞれの段階を、広義の意味で

  • 3段階の社会的欲求は、「自分を尊重(ありのまま認め、満たす)する」「自分だけがわかる自分」
  • 4段階の尊厳欲求 「自分と他者の違いを尊重した交わり」
  • 5段階の自己実現は、「結果と次のスタート」

と区別します。

「自分を活かす」には2段階も含まれます。

普段、あなたが何かする時は、いつも「自分(や周囲)の安全」を前提に動いているはずであり、3,4,5段階を満たすことが、2段階を満たすことへと繋がります。

詳しくは改めて説明するので、ここは読み流してくださって構いません。

3段階:社会的欲求は自分をわかることが重要です

自分を活かすにあたり、やる必要のあること。

それが「自分をわかる」ことです。

社会的欲求は

  • 自分だけがわかる自分
  • 周囲の誰が察することはあるにせよ、本当の所は、誰も知ることのできない、自分しか知らない自分
  • 自分のことは自分から話さない限り、どんなに近しくても、誰も自分のことを知ることはできない

段階です。

欲求の発生場所
「自分を生かす為の欲」は1段階の生理的欲求で、「自分を活かす為の欲」は3段階で発生します。

自分を活かす為の欲は、3段階で発生します。

発生した欲求に、自分が対応することが「自分をわかること」へと繋がります。

また、3段階は、4.5段階の基礎となる、重要な箇所です。

もし、自分のことがわからないとしたら、これは「3、4、5段階の欲求が満たせない」ということを意味します。

「自分をわかること」が「自分を守ること」にもなる為、3段階を満たすことが2段階を満たすことへと繋がります。

所属する社会と自分と欲求との関わり

誰もが、国・国籍・生まれ育った時代・都道府県・市・町・家族・親戚・学校・クラス・友人・習い事・部活・サークル・グループ・団体・宗教・会社・インターネット内等の様々な社会に、同時に所属している、一個人です。

自分が所属する社会は、固定しているものと、流動的なものの組み合わせになっています。

例えば、日本人として日本に生まれ、生涯日本で暮らす場合は、固定した社会の中で暮らすと言えます。

でも、固定した社会の中で暮らすと言っても、いつも同じ状態にある訳ではありません。

法律の改定、テクノロジーの発達、人口数の増減、戦争の有無、景気の良悪、災害の有無など、社会の変化は、あなたに様々な影響を及ぼします。

人は同じ肉体に留まっているけれど変化する

自分は生まれてからずっと同じ肉体に留まっていますが、年を取り、見た目が変わっていきます。

また、生まれてこの方、ずっと小学生のままであるということはありません。

人によって、生まれた土地に生涯に渡り住み続けたり、生まれた場所とは異なる国、土地に住むのかもしれません。

自分が所属する社会は、その都度変化します。

目に見える訳ではありませんが、1人1人「過去に所属した社会」「現在所属している社会」「未来に所属する社会」があります。

自分のことなのに所属する社会も持ち札も選べない

所属する社会は、大人になったら自分で選べるものもあるけれど、生まれた時点ですでに決まっていて、自分では選べないものが、かなりあります。

例えば、誰もが、生まれる国も、地域も、家族(親・兄妹)も、生まれる年代も選べません。

生まれた時点では、社会に所属する際の自分の持ち札は、何一つ選べません。

例えば、誰もが、誕生日も、性別も、名前も、どのような生活環境の中に、どんな容姿で生まれてくるのか何も選べません。(ありのまま認める×EFTでは自分が選んで生まれてきた説については、触れません。)

自分のことなのに、所属する社会も、持ち札もままならない状態で「自分」として存在しています。

社会には多様な価値観が溢れている

所属する社会には、何かしら、特有の文化や歴史、制限やルール、常識、方針、教育などがあります。

例えば

  • 自国では常識と言われることが、他国では非常識となることがある
  • 自分の住む地域の方言が、他の地域では通じない
  • 同じ社会に属していて、価値観が似ているように感じるけれど、自分とは異なる背景、年齢、成長過程、容姿を持っている人たちが居合わせている
  • 「同じ時間に、同じ場所で、同じ出来事」に居合わせても、成長過程の違いから、思い感じ考えることが違う

などと言った具合に、社会には多様な価値観が溢れています。

ここでやっと欲の話

同じ様で、皆違う。

皆違うけれど、同じ人間という生き物である。

それぞれに成長過程がある中で、他者と接することで、日々、様々な影響・刺激・比較・学び・経験などがあります。

こういった影響や刺激・比較・学び・経験などが、自分の欲となり得るのです。

例えば、自分の家の制限やルール、常識、方針、教育、自分の成長過程などは、自分にとって当たり前で疑う余地がありません。

ですが、他者と接し、話をしたり、聞いたり、何かを一緒にしたりする場面で、「自分が知らない、他者の当たり前の制限やルール、常識、方針」などを目の当たりにした時。

無意識のうちに、内なる自分が反応し、何らかの感覚や感じが生じる経験を、これまで数え切れない程なさっていると思うのです。

内なる自分の反応は、言い換えると「自分と他者との比較」です。

比較によって、自分の中に生じる感覚や感じが、自分の欲となり得るのです。

持ち札も所属する社会も思い通りにならないのは誰にとっても同じ条件だけれど

「持ち札も、所属する社会も、思い通りにならない」のは、誰にとっても同じ条件ですが、自分の持ち札や所属する社会に、満足している人とそうではない人がいるはずです。

仮に、持ち札や所属する社会に不満を抱えている場合は、他者と接している時、無意識のうちに、内なる自分が反応し、何らかの感覚や感じが生まれると思うのです。

内なる自分の反応とは、先ほども申しましたが「自分と他者との比較」です。

比較によって、自分の中に生じる感覚や感じが、自分の欲となり得るのです。

欲は最初から欲として存在している訳ではない

1段階の生理的欲求の所でも触れましたが、全ての欲は、最初から「欲」として存在している訳ではありません。

欲になる以前の段階があり、大抵は、自分の内側で生まれる「感覚・感じ」です。

この自分の「感覚・感じ」を、2段階と同様、自分でありのまま認めて「欲」や「欲求」などへと変換していく必要があります。

欲を適切に認め満たすことが人生を左右する

拾った感覚や感じを、ありのまま認めることによって、あなたは、違和感・興味深い・面白い・羨ましい・自分も欲しい・嬉しい・自分に対する不満・苛立ち・怒り・焦り・辛さ・我慢・苦しさ・怖い・つまらないなどといった思いを抱いていることにお気づきになるかもしれません。

または、現在とても満足しているけれど「この先のことを考えると不安になる」「何かが足りない」といった思いを抱いていたりすることに、お気づきになったりするのかもしれません。

あなたの中で生まれる感覚や感じが何であれ、これらを自分で適切に認め、満たすことが、自分の人生を左右するといっても過言ではないのです。>

他人との比較は良くないと言います。

でも、ここで言う比較は、あくまで「自分がどうしたいのか」を引き出す過程の材料に過ぎません。

比較をすることで、自分1人だけでは、得ることの出来ない刺激を得て、自分の可能性を広げていくのか。

それとも、比較に留まることで、他者が持っている何かを得さえすれば、自分は幸せになれるのに、それを得られない自分を責めたり、否定したりするのか。

同じ「比較」でも話が全く違ってくるのです。

冒頭でも触れましたが、3段階は

  • 自分だけがわかる自分
  • 周囲の誰が察することはあるにせよ、本当の所は、誰も知ることのできない、自分しか知らない自分
  • 自分のことは自分から話さない限り、どんなに近しくても、誰も自分のことを知ることはできない

のであり、自分の内側をどのように扱うのかを決めるのはあなたなのです。


長くなったのでこの辺で終わりにして、次回は、3段階の社会的欲求の対応について説明をしていきます。