
セルフケアサロン・アイホージュの伊藤みつるです。
この話は、本当に欲しいものがわからないのはなぜ?【3】の続きです。
後悔や不満、執着などを自らの内に抱いたまま、10カ月間働き続けて、得たものはたくさんあります。
そのうちの一つが
5・二度と、会社員の頃と同じ状況には、戻らない
という思い。
骨身に染みました。
無自覚のうちに、安定を求めては、不満を抱き、フラフラしていた私には、必要なことだったのです。
この思いは、翌年の事故以降、数えきれないほど私を支え、助けてくれました。
本当に欲しいものがよくわからぬまま感覚的に動く自己犠牲の癖
でもですね、骨身に染みたというのに、自己犠牲を良かれと積み重ねていた私は、この後
違和感があるのにやりますと答えた時と同じことを、出来事を変えた状態で繰り返す
のでした。
これが、自己犠牲の癖です。
自分が本当に欲しいものが、よくわからぬまま、
- 安全を得る
- 不安定を埋める
ために、感覚的に動いては、うまくいかないと思うことを繰り返します。
今日も引き続き、私の事例を使って、自己犠牲の癖を紹介しましょう。
同じことを繰り返す自己犠牲の癖
「二度と、会社員の頃と同じ状況には、戻らない」と思っていた私の派遣契約満了の理由は「技術向上のため、整体一本にする」でした。
そうなんです。
以前、整体一本で働いた時には
- 一日お店に居続けると気が滅入る
- 暇な時間を持て余した
と思っていました。
勤めていたのは、リラクゼーション系の「お客様が落ち着けるよう、暗めの照明空間」。
そこに一時的にいる分には、リラックスできると思うのです。
以前は、ダブルワークで忙しかったので、あまり気にならなかったのですが、朝から暗い所に長時間居続けると、気が滅入るのです。
勤務は、朝もしくは午後早めの開始。
そうなると、仕事を終えて店を出るのは、明るくても、日が暮れる時間帯。
もしくは、22時過ぎ。
今思うと、不自然な生活スタイルでした。
明るい時に外に出るとすれば、空き時間のチラシ配り。
暗い店から、いきなり明るい外へと出て、チラシを配っていると、ぼんやり不安になるんです。
これでいいのかな、って。
欲しいものがわからないまま感覚的に動く
以前、整体を一本にしていた時は
- 忙しければ見なくて済む、いわゆるネガティブな思いを、暇であるが故に、持て余す
- 前の派遣先での仕事を終えたのを機に「周囲に認められたと感じることと、満たされたこと」による、高揚感も、多幸感も、万能感も、得られなくなり、刺激に飢え、これらを埋めるためにお金を使う
これらで不安定になっていました。
結局、私は「忙しい土日と夜に集中して技術向上した方がいい」と考え、ダブルワークに戻します。
ダブルワークにすれば、1と2,どちらも解決しますし、お店の暗い照明空間も気にならなくなるはず!
実際は、解決どころか問題が大きくなるだけ、なのですけれどね。
意思が必要な行動に結びつかない
そんな私が再び整体を一本にしようと思ったのは、自信がなかったから。
普段、お店で一緒に働く人達から「厳しめのお店でしてきた修業話」を聞く機会がありました。
その度に、無自覚のうちに、自分と周囲を比較しては、ぼんやりと「このままじゃダメだ」と思っていたのです。
自己犠牲あるあるですね。
にも書いた通り、当時の私は、技術向上に向けてコツコツ頑張っているけれど、充実感も、手ごたえも感じられない。
これらを解決するには、「周囲から認められたと感じる上に、満たされる状態」になれば良い訳です。
そこから「厳しい修行をすれば(師匠に認められる自分になれば)自信が持てるはず」という考えに至りました。
個人的には全然気乗りがしないけれど、治療系のお店か、厳しめなお店で修行をしなきゃなあ。
そんなことを考えていたのです。
こうやって私は、
違和感があるのにやりますと答えた時と同様に、気乗りしないのに、厳しい修行をしようとしていたのでした。
次回に続きます。