
タッピングを提供し始めた頃。
クライアントさん達から
と伺うことが、よくありました。
タッピングを提供してわかったのは、「自分がどうしたいのか」という表現に伴う意味が、
- 夢中になれるもの
- 天職みたいな感じの職業
- 一気に人生を変える鍵のようなもの
でした。
これらに対して、タッピングで引き出すのは
4.目の前の出来事に対する「どうしたいか」
です。
なので
「今の仕事、辞めたいんです。
もっとやりたいことをやりたい。でもそれが何なのかがわからない。」
「やりたいことがわかれば、私は夢中になってそれをやると思います。」
という状態で、4.目の前の出来事に対する「どうしたいのか」を引き出した場合、
「どうしたいのかがわかっても、人生が変わる訳じゃないし」とがっかりちゃうんですよね。
私も昔、同じことを思っていたので、クライアントさんの反応は自分のことのように感じていました。
実は、自己犠牲を積み重ねた状態では、この反応は、正常なのです。
感覚的には、絶対に1-3があるはずだ、と感じるのですよね。
ただ、自己犠牲を積み重ねた状態で、「1-3が、わかりさえすれば、自分は絶対にやれる」と感じている場合、「必要な行動に結びつけられない」という、別な問題も絡んできます。
なので
- 「これだ」と思っても、「やってみたけれど違った」
- 道具をそろえて満足しちゃった
- やる気に満ちていたのに、3日位経ったら、「やる気がしなくなってきた」
- やらなきゃいけないことがあるのにいきなり掃除を始める
といったことが生じて、最終的に自分を責める流れにはまります。
天職があるはずだ。
夢中になれる、やりたいことがあるはずだ。
そう思って、ご自身の「やる気に満ち溢れる感覚」に沿って「どうしたいのか」を探しているのだけれど、一向に辿り着けない訳です。
このような状態に陥ったら、どうしたらいいのでしょうか。
少し長くなるので、次回に続きます。