
自分軸教習所を運営する、アイホージュの伊藤みつるです。
今日の記事は約3,000字。
時間に余裕がある時にご覧くださいませ。
ネガティブを感じ切るのは単純・簡単
本来、ネガティブを感じ切る方法は、単純・簡単!です。
ネガティブな感情や思考を、自分がひたすらありのまま認めるのを繰り返せば良いのですから。
自分軸が身につくEFTタッピングでも
「感覚に合うことばをありのまま認める」×「タッピング」×「繰り返し」
を組み合わせて、用途で
- 感じて満たす
- 感じ切る
を使い分けています。
以前、下記の記事を書きました。
感じ切るのは単純・簡単!と書きましたが
実は、自己犠牲を積み重ねて、他人軸が育っている状態では
ムズカシイことなのです。
他人軸が育っている状態では感情を感じ切ることが難しい理由
例えば、ネガティブを感じようとする時。
「あの本に、ネガティブを考えずにいけばうまくいくって、書いていたしなあ。」
「ネガティブに考える自分ってダメだなあ」
なんて「本に書かれている内容を実行すれば、うまくいく」と捉えて
ネガティブを感じる自分を、否定してはいませんか?
常に周囲からの承認を得られる自分になるために
自分の意思を犠牲にすることが必要な状態なので
本の著者の言う通りにやりさえすれば、うまくいくと感じるのです。
でも、自分を犠牲・否定しているのに
ネガティブをそのまま感じ切る(ありのまま認める)って
相反することなので無理があるのですよね。
それでも、お一人で、感情を感じ切ろうと頑張る。
目をつぶり、身体にギュッと力を入れて
ネガティブに意識を向けようと努力する。
ネガティブな感情の言葉を選んで、感じ続けようとする。
でも、何も変わらない。
自分のやり方が、まずいんじゃないだろうか。
そう思って、また情報を探す。
もし、あなたが、このような繰り返しから抜けられず
自己否定を強めている状態にあるのだとしたら。
お一人でやり方を調べて試行錯誤なさるより
感じて満たす・感じ切る方法を身につけている誰かの伴走のもと
実際に体験した方が早いし、良いです。
それには理由があるのです。
【他人軸】感情を感じ切ることに求めること
そもそも、感じ切るのは何のためでしょうか。
感情を感じ切ろうと考えるのには、何らかの目的があるはず。
他人軸が育った状態では、ネガティブを感じ切ることによって
現状が変わり、物事がうまくいくことを期待しているのだと思うのです。
うまくいくとは
- 肯定感が上がったり、自信が湧いたりして、思い通りに動けるようになる
- 何か良いヒト・モノ・コトが、向こうから来る
など、人それぞれです。
もし、このようなことを想像なさっているのだとしたら
期待と現実のギャップが生じている、と言えます。
感じ切ることへの期待と現実のギャップとは何か
期待とは、例えば、
ネガティブを感じ切れば、肯定感が上がって
思い通りに動けるようになる。
現実とは
- ネガティブを感じ切る
- 肯定感が上がる
- 思い通りに動けるようになる
は、それぞれ別である、ということ。
なので、仮に、感情を感じ切ったとしても、そこで止まってしまう。
「肯定感」があがったり「自信」が出たりすることもなければ、
「自分がどうしたいのか」に沿って思考したり、行動したりするようにもならない、というのが現実。
承認を求めて外に意識を向けることで自己犠牲をしているため
自分の内側で、現実と期待のギャップが生じていることには気づけません。
そのため
- 頑張っているのにうまくいかない
- 自分がどうしたいのかがわからない
- どうしたらいいのかも、わからない
など、頑張りが現状を変えることへと結びつかない状態に陥ります。
感じても感じ切っても期待と落胆の繰り返しになる理由
頑張りが現状を変えることへと結びつかない時に、誰かから
- よく頑張りましたね
- ありのままのあなたでいいんですよ
と声をかけられる場合は、少し注意が必要です。
なぜなら、一時的な安堵と期待、何も変わらない現実への落胆を繰り返すことになるから。
自己犠牲をして努力した結果
自分をわかってもらえた(承認された)と感じると
安堵感や高揚感、万能感などが湧きます。
本を読んで救いの言葉が見つかる時もそうですが、
この先、何だか変わりそうだという期待が生じ、
これを「変化」と捉えるのです。
でも、現実は「承認を得られたと感じて、安心して終わり」
問題は、ぼんやりと想像している良いヒト・モノ・コトが
いつまでも現れないこと。
何も変わらない現実に落胆しては、
「周囲からの承認」と「変化」を求めて彷徨ってしまうのです。
【自分軸】感情を感じて満たすと感じ切るの違い
じゃあ、感情を感じて満たすのは、感じ切るのは、なんのため?
どちらも、自分らしく、幸せに生きるため。
期待と現実のギャップを理解した上で、
他人軸の自己犠牲による対処では、うまくいかないと気づいて、
自分の意思を活かして、自分軸へと軌道修正するため、なんです。
そのために、日々の出来事に対して、自分の感情や思考、
言動などを自分がありのまま認め(自己承認)
- 他人軸の「周りにどう思われるのか」自分の欲求
- 自分軸の「自分がどうしたいのか」自分の欲求
2つの欲求を満たすことを積み重ねていくのです。
感情を感じるのは始まりに過ぎない
感情を感じるのは、悩みや問題を解決したり、
望みを実現したりするための「きっかけ・始まり」に過ぎません。
感じて満たすとは
実は、セッションや講座では、変化の体験をすることが目的なので、感じ切ることよりも、感じて満たすがメインです。
自分軸が身につくEFTタッピングでは「EFTで使うことば」は「ほぼ同じ内容の繰り返し」です。
同じ内容を繰り返す。
これが、感じて満たす、です。
1セット感じて認めたら、小さく掘り下げて「EFTで使うことばを作り、ほぼ同じ内容の繰り返し」をします。
感情を感じ切ることが必要な時
時に、感じ切ることが必要になる場合があります。
これは、岐路にある場面で使います。
例えば、EFTタッピングをして、取り組みが進む中で
「大きな関門があって、このまま進めなくなった」
と言う時があります。
その時に、感じ切ることで大きく一段掘り下がり、
納得して前へと進めるようになるのです。
先ほど、他人軸の箇所で
- ネガティブを感じ切る
- 肯定感が上がる
- 思い通りに動けるようになる
はそれぞれ別と書きましたが、実はこれ、自分軸で可能になることなのです。
- ネガティブを感じ切る
- 一段掘り下がって、あ、行ける!と感じる
- 動けるようになる
EFTタッピング初心者は感じ切るをやらなくていい理由
ちなみに、EFTタッピングに初めて取り組む場合は「感じ切る」をやらなくて良いです。
セッション経験上、他人軸の思考・言動状態で
いきなり感じ切るをやろうとしても、掘り下がらないからです。
仮に掘り下がったとしても、動けるようにはなりません。
ある程度、EFTタッピングの取り組みが進み
「行動しなきゃいけないけれど身動きが取れない」と言う時に、初めてやること。
感じ切るには、経験と忍耐が必要です。
物事にはタイミングがあるので、初心者は先に小さな変化を体験して、
継続して積み重ねる面白さを知った方が良いです。
自分軸教習所では感情を感じる・感じ切る方法を身につける伴走を行っています
もしあなたが、「感情の感じ方・感じ切るがわからない」段階で、情報を探したり、
試行錯誤を繰り返したり、期待と現実のギャップにはまっていらっしゃるのであれば。
まずは、EFTタッピングのやり方をご覧になり、
悩みの解決や望みの実現のとっかかりとなる
「感じ方」「感じて満たす」を試してみるのをオススメします。
興味が湧いたら
で、あなたの悩みに沿って、
感情を感じて満たし、小さく掘り下げる体験をなさってみてはいかがでしょうか。
感じ切り方がわからず悩む時に起きることを念頭に小さくチャレンジ!
人生は有限です。
感じ方・感じ切り方に関わらず、
どうしたらいいのかわからないと悩んだり、
自分ってダメだなあ、なんて思っている間。
無自覚のうちに
- 自己犠牲によって、自分を否定・犠牲にすることに時間や労力を費やし、自信や肯定感などを失っている
- 自分を肯定する方法を探して、時間や労力を費やし、自信、肯定感などを失っている
こと。
本当にやる必要のある
「自分で自分をありのまま認めて、
自分がどうしたいのか、欲求を適切に満たす」ことが、
先延ばしになっていることを思い出して頂きたいです。
その時間や労力は、あなたらしく幸せに生きるための
「小さなチャレンジ」にお使いになることをオススメします。