セッション事例 他人軸から自分軸への軌道修正【1】

掲載許可を頂いた事例について書きます。

「同じような悩みを持つ人に役に立ちますように!」というMさんの願いがこめられています。

どういう経過を辿ったのか順を追っていきます。

セッション内容自体が長いので、今日はどんなセッションをしたのかを書きます。

Mさんの訴えは、下記の通りです。

夫がずっとギャンブルをしていてやめて欲しい。

昨日、本人と言い合いをしたのだけれどはやめる気がない。

すでに家も抵当に入ってしまい、今必要な物(それなりに値の張るものです)を買わなければいけないのに、それも買えない状態だ。

でも今の家庭状況では、私は働きには出られない。

加えて家族の事でも心配事がある。

もうどうしていいのかわからない。

Mさん・・・かなり混乱しています。

でも、私に見えるは彼女の持つ可能性のみです。

なので、それを邪魔している感情や思考・思い込みなどをひたすら認めていくと決めて開始です!

セッションで使用したフレーズ

以下 Q:質問 A:答え E:EFTの内容 です。

Q:まず今一番何とかしたいのは?
A:夫にギャンブルをやめて欲しい
E:夫にギャンブルをやめて欲しいと思う自分をありのまま認め受け入れます。

O:どうですか?
A:それを止めさせたら彼の息抜きがないかも・・と思いました。
少しくらいならやっても良いのでは?と感じています。
E:少しくらいならギャンブルをやっても良いかもと思う自分をありのまま認め受け入れます。

Q:今どう思いますか?
A:やっぱりやめて欲しい。このまま続けられるとこの先どうなるのだろうと不安でたまらない。
E:EFTをやってみて、少しならやっても良いと思ったけれど、やっぱり完全にやめて欲しいと思う自分をありのまま認め受け入れます。

Q:今どんな風に感じていますか?
A:私、反対の事を夫に伝えていました。
本当はやめて欲しいのに、その気持ちを汲んでやめて欲しくて「そんなに好きならやればいいじゃない。」という事を言っていました。

EFTは一時中断です。

気持ちを汲んで欲しい

私の気持ちを汲んで欲しいという思いから、自分が思っているのと違う事を話すというのは、他のセッションでもよく出てきます。

これは、他人軸の状態で起こることです。

「やめて欲しい」なら「やめて欲しい」と言わないと相手には伝わりません。

「やめて欲しい」のに「やってもいい」と言うなら、相手はやります。

相手にOKサインを出していながら、相手が実際にそれをやると不服。

これでは相手が混乱してしまいます。

「やめて欲しい」という時のヒント「自分軸で話すこと」について、二人で話をしていました。

幸せになる資格がない

しばらくの間は雑談していたのですが、彼女の放った言葉から、次のEFTのポイントが見つかりました。

「あ、彼女は強い罪悪感を持っている!」

それは10年前にさかのぼっての話です。

何故だかわからないけれど、急にそのことが出てきたとのことでした。

E:「長い間、●●な私は幸せになる資格がないと感じているけれど、幸せになることに罪悪感を覚える自分をありのまま認め受け入れます。」

ここまで来た彼女は、このようなことを口にしました。

今、私は、夫の事、借金の事、周囲のせいにしてきたけれど、そうじゃなくてみんな自分(の発言や思いなど)が、起こしたものです。それが表面上に起きているにすぎない、って気付きました。

Mさんの視点が、外から内に変わりました。

周りに認めてもらえない

再び雑談に入り、次のEFTのポイントを見つけました。

彼女は、幸せになる資格のない●●な私で、負い目を感じつつ同時に「絶対に▲▲じゃないとイヤだ、とにかく■■という行動に走った、というのです。

「あの頃、とにかく▲▲じゃないとイヤだ、と誰がなんと言おうと■■せずにはいられなかった自分をありのまま認め受け入れ愛します。」

実は、彼女の取った■■という行動、とある身近な人からは「彼女は困った人だ」と思われてしまったのです。

その身近な人は、彼女の行動について、某場所へ相談に行くほどの状態でした。

それで彼女は深く傷ついたのだそう。

でも、それと同時に、彼女は、身近な人に対し、別のことについては、すごく貢献をしたと感じる行動もとっていたのです。

だけれど、それも全く認められていないと感じていて、ますます傷ついたのでした。

彼女は本心を、その身近な人に打ち明けたことはないといいます。

E:そんな私の気持ちを認めて欲しかったという自分をありのまま認め受け入れます。

どっちつかずの自分に嫌気がさす

少し雑談をしている時に「Aという事をやっていると、Bが気になってしょうがなくなり、Aを手放してBに集中しようとすると今度はどうしてもAが気になります。いつもどっちつかずの自分が嫌なんです。」という話が出てきました。

私は「どっちつかずを手放して、どちらかに集中できるようになる」というEFTをしましたが「そういう風には思えない」とのこと。

やっぱりしばらくは「認め受け入れシリーズ」だな、と再確認しました。

そして、また雑談をしていたら・・「実は最初の子供には構ってやれず、とても寂しい思いをさせました。私と夫は、月に7ケタの収入を得ていたので物は与えてきたのですが・・」と、その子供さんが幼少の頃、寂しいという思いを彼女に対して表した時のエピソードを話してくれました。

長い間、相当な罪悪感を抱えていたのです。

E:あの頃、忙しくて●●に構ってあげられなかった自分がとても許せないけれど、許せない自分をありのまま認め受け入れます。そしてもう終わった過去を手放します。

彼女は一番目のさみしい思いをさせたお子さんの事を色々話してくれました。

だから二番目の子にはそういう思いをさせたくない!と仕事をやめ、そばにいたのです。

でも、もしかしたら、一番目の子にとっては面白くないかも・・と思い、一番目の子を可愛がっているよ、愛しているよ!とある事をした所、二番目の子から「一番目の子の奴はあるのに、僕のはないんだね。」と言われてしまった・・。

彼女にとっては二人の子供はどちらも大切で、かげがえのない、愛する存在です。

なのに、二人とも大切にされているとは思えないでいるのでは?と彼女も私も感じました。

彼女がさっき言っていたどっちつかずはこういう事なんだなあと思ったのです。

人の顔色を窺って本心が言えない

子供への罪悪感を認めた後、今度は彼女がご自身に「嫌だ」と思っていることを話始めました。

人の顔色を窺ってしまい、本心が言えない。

「人の顔色を見たり、空気を感じて人が喜びそうなことを言ってしまって本心が言えないんです。ストレスもたまるし、疲れるからだんだん人とも会いたくなくなってしまうんです。」

ありのままって何?

ありのまま振舞えなんて、ムリ。
ありのままなんて出来ない。
私もここで気がつきましたが、私の言う「ありのまま」と彼女の思う「ありのまま」の定義は違うのです。

「Mさんにとって「ありのまま」ってどんな感じ?
周囲の人の事を考えず好き勝手にやるって感じかなあ?」

と聞いてみたらそんな感じだ、との事でした。

私がいつも話しているありのままは、自分の感情や思考・思い込み等、それが自分にとって心地良いもの良くないものどちらであれ、自分が感じたまま一切否定することなく、あるがままにあるとすることです。

これだと、他人の思考や行動などは一切関係がありません。

「誰かにむっとした時のありのままってどうするのー?」という質問が出たのでそれを説明した後のことでした。

Mさんから「世界って自分の思う通り作れるものなんですね。すごい!」と出てきました。

あ、それに気が付きましたね?スゴイです!

納得した上で最後のEFTをしました。

「人の顔色を見て本心が話せない自分がとても嫌だけれど、そんな自分をありのまま認め受け入れます。」

今日はここまでです。

彼女がどんな風に変化したのかは明日書きます!