自分軸教習所を運営する、アイホージュの伊藤みつるです。
自らを裁き続ける他人軸
他人軸で意思を扱う場合「周りから認められたと感じて、安心する」ことを求めます。
そのために、自分の内側で行っていることがあります。
それは
自らを裁くとは、例えば
- もっと〇〇しないと
- あれもこれもしなきゃ
- 何でこんなこともできないの?
- 周りにこう思われないようにしないと
などといったものがあります。
これらは「〇〇すれば周りに認められてうまくいく」という思いや「〇〇が出来なければ認めてもらえない」という恐れなどから来ています。
でも、「人の目と感じているもの」は実の所「自分の判断」に過ぎません。
ですが、長年に渡り、他人軸で意思を扱い続けている場合、この区別がつけられないのです。
そのため、自分の思い感じ考える「他人の目」を「事実」と捉えて動きます。
これが、さまざまなトラブルの原因となるのです。
さまざまなトラブルとは何か
周りの人の目(と感じる、実際は自分の判断)によって、自分が萎縮します。
また、対人関係において緊張が生じたりしやすくもなります。
これらが、生き辛さへとつながるだけで、何も良いことがないのです。
自らを裁き続ける他人軸に根本から対応するために必要なこと
根本対応するにあたり、最初に必要なことは「他人軸で動いていることに自ら気づく」。
でも、自分にとって、自らを急き立てたり裁いたりすることは、当たり前過ぎるので、気づくのは本当に難しいのです。
「対応方法がわかれば、手が打てる」と思われるかもしれませんが、それ以前に必要なのが「自ら他人軸のおかしさに気付く」
これができなければ、必要な対応には、結びつかないのです。
自分軸教習所のEFTタッピングでは、これらのことを踏まえて、手順を踏んだ取り組みを行っています。
自らを裁き続ける他人軸に気づいた私の事例紹介
ここで、実際に私が自分の他人軸に気づいた時のことを、例に挙げてみます。
先々月、私は、普段と違う環境で、とある作業をしていました。
一連の流れを完了させるために、必要な手順に沿って一つずつ確認をしていた時。

周りから、手を抜いていると思われているんじゃないか・・
そう思ったことに、気付いたのです。

あ!これ、他人軸の癖だ!
十数年に渡り、EFTタッピングをしてきていますが、ここに来て初めて、無意識のうちに「周りに疑われているのではないか」と感じていた自分に気付いたのでした。
これは、違う環境にいたからこそ、気づけた内容です。
思わずニヤリとしながら、まずは自分の内側の動きを観察することにしたのでした。
周囲に対するアピール
周りに疑われているように感じていた私は、「作業のスピードが落ちている自分」を急き立てます。
でも、スピードが落ちているのは「必要な確認をしているから」であって、手を抜いている訳ではありません。
他人軸の癖に気付かなければ、ここで無理やりスピードを上げることで、周囲に対し
「ワタクシ、手を抜いておりません!」
と態度でアピールをする所です。
他人軸の状態では事実と感情の区別がつかない
他人軸で動いている時は、自分が察したこと・感じたことを「事実」と捉えます。
そのため「周りの人は絶対に私を疑っている」という、自分の判断に沿って
「ワタクシ、疑われるようなことはしておりません!」
という一人芝居を打つ訳です。
でも、いくら考えた所で、周りの人が本当に私を疑っているかなんて、私にはわかり得ないこと。
また、私が「周りの人が自分を疑っている前提」で動いているなんて、お相手にはわかり得ないのですよね。
他人軸で動く自分を俯瞰して捉えながら、滑稽だなあと思いました。
自らを裁き続けて萎縮する
この状態で、無理にスピードを上げ続けると、当然ですが、私は不要なミスをしてしまいます。
注意を受けることにもなるのですが、他人軸の場合、注意を注意と捉えることができません。
「自分を否定された(認めてもらえない)」と感じて傷つくんですよね。
他にも
- 人から疑われていると感じる自分
- 早く動けないと感じる自分
- ミスをした自分
- 注意された自分(完璧にできない自分)
を、自ら裁くことにもなります。
これらの状態に陥ると、周りの目が気になり、相手に対して萎縮したり、卑屈になったり、自意識過剰になったりします。
無意識のうちに、周りに対して変な壁を作り、勝手に緊張してしまう状態を作りかねません。
他人軸で動く自分を、一つずつ観察した結果。
「メリットが一つもないな」
そう思い「今、自分がやっていることに集中!」したのでした。
小さな頃に形成した他人軸の癖
私が、他人軸をうまくいくと思い込んだ原因は、過去にあります。
やっているフリ
やっていますアピールは、中学生の頃に身に着けた処世術。
当時の学校は体罰全盛期。
怒られたり、叩かれたりしないよう、やっているフリをしながら、その場しのぎをしていたのですが、その度にぼんやりと「いつか、やっているフリが周りにバレて、何ともならなくなるんじゃないか。」と恐れを感じていました。
そして、十数年後、事故に遭ったのを機に、「何ともならなくなる」状態に陥りました。
早さに捉われていた理由
また、幼い頃の私は、親から「要領の良さ」や「早さ」を褒められる機会が多かったように思います。
これが、私の中で無自覚の成功体験となり、「周りから疑われないために、スピードを上げようとした」訳です。
「褒められることをすれば、周りの人に認められたと感じて、安心できる」はず・・・。
でも、これは私の思い込みに過ぎません。
実際に私が得ていたのは「自分を裁く流れ」「恐れ」。
「安心」ではなかったのです。
他人軸のおかしさが、EFTに巡り合うきっかけとなる
ヒト・モノ・コトを変えながら、無自覚のうちに他人軸による対応をし続けていた私は「何かがおかしい」ことはわかっていました。
でも、それが何なのかも、具体的にどんな対応を取ったら良いのかも、わかりませんでした。
そのため、その場しのぎをしていた自分を裁き続けた訳ですが、同時に、
「頭も、心も納得できるもっと別なやり方があるのではないか。」
とも思っていました。
人は抱いた疑問の答えを、無意識のうちに探し続けます。
ずっと後に辿りついたのが「ネガティブと呼ばれる感情や思考をありのまま認める、EFT」だったのです。
他人軸は自分に染みついている
ヒト・モノ・コトを変えながら積み重ねてきた他人軸は、自分に染みついています。
だから、なくそうとしたり、手放そうとしたりするのは、無理があります。
他人軸の癖が顔を出した時には、それに気づいて、必要な対応に結びつけることが大切です。
そのために、感情や思考をありのまま認めるのですが、この取り組みが、現在とここから続く未来へと活きていきます。
他人軸へのアプローチは未来への準備
十数年に渡り、EFTに取り組んできたので、今ではタッピングなしでも自分の癖に対応が取れるようになりました。
それでも、改めてEFTをすると、掘り下げによる新しい発見があったり、課題が見つかったりします。
また、過去の取り組みを通じて、自分軸で物事に対応する時には「絶妙なタイミング」が絡むことを知っています。
ここで必要な手を打つことが、未来への準備となり、後に役に立つことがわかっているので、他人軸の癖が明らかになる度に笑みがこぼれます。
自分の他人軸を認めることが
- 自分を知る
- 自分を満たす
- 自分軸を育む
- 自らを活かす
ことなどに結びつきます。
これらは普遍的な内容であり、変化の時代を生き抜く上で必要なことでもあるのです。
まずは、体験会からどうぞ。

