他人軸から自分軸へ変えるきっかけを得た時に何をしていたのか【アイホージュの実体験】

自分軸教習所を運営する、アイホージュの伊藤みつるです。

この記事では、私・伊藤の実体験

  • 他人軸の癖
  • 他人軸の癖を抜ける方法がわかっても使えない理由がある
  • 他人軸から自分軸へ変えるきっかけになった出来事
  • 自分軸を作るために何をしていたのか
  • 自分軸を作るにあたり生じた問題とは何か

に触れます。

他人軸の癖

EFTタッピングを使って、自分の感覚や感情、思考や言動などを自己肯定・承認し続けることで、初めて自覚した私の他人軸の癖に

納得したい、結果を出したいと思いながら、必要な行動が伴わず、結果、本当に欲しいものではなく、どうでもいいものを選んでいる

というのがあります。

これは、承認を得たい・得られて当然と思う相手から、自分とは異なる、受け入れ難いと感じる意見を言われた時に、否定されたと感じて傷つくのを回避するために、自己主張を諦めて、表向きは「そのこと自体をなかったことにする」というもの。

ヒト・モノ・コトなど、出来事を変えた状態で、この癖で対応し続けると

  • 自分がどうしたいのか
  • 相手に具体的に何を伝えたらいいのか
  • 聞く必要のあることが何なのか
  • やる必要のあること何なのか

などがわからなくなります。

必要な対応も取れなくなりますし、本当に欲しい何かに手を伸ばすこともできなくなります。

そのことに気付けないまま、表向きは当たり障りなく過ごしつつ、周囲からの承認(と感じる、実際は自分の判断)を求めては、不満やモヤモヤを抱えていました。

相手の言動に、いちいち反応しながら傷ついたり、自分の方が正しいと感じて相手を裁いたりしながら、「思いを察してほしい、わかって欲しい、思い通りの反応が欲しい」という態度を取っていました。

それで、行動したつもりになっていたのです。

でも、察してほしい、わかって欲しいなんて、相手に通じないのですよね。

このようなことをし続けるうちに、事実と感情の区別がつかなくなりました。

「相手に傷付けられた」「相手がわかってくれない」が、自分にとっての事実となっていたのです。

周囲から承認を得ることに注力すると、必要な対応を通じて得られる術や、失敗から自分を立て直し方などを身に着ける機会などを失うので、自分を守れなくなります。

だから、チャンスが欲しいと思いながらも、実際にその機会が巡ってくると、承認を得るための努力をしては、もっともらしいことを言っては見送り、傷つくことから自分を守ろうとし続けていたのです。

これが無気力さや自己否定、「なんで自分はうまくいかないんだろう」と感じることなどへと結びついていきました。

自分の癖を言葉で自覚する術がないまま、私は、解決することのない、よくわからない悩みをいくつも抱えては、あてどなく考え、疲れてしまっていたのでした。

他人軸の癖を抜ける方法がわかっても使えない理由がある

私に必要だったのは「自身の内側と向き合うこと」

でも、その方法がわからないのです。

いくら内側に意識を向けたところで出てくるのは、相手や現状に対する不満やモヤモヤ、自己否定や自信のなさ、無気力さなど、いつも通りの変わらない内容。

これを、どうしたらいいというのだ!!

この自分を、ありのままで良いなんて思える訳がないだろうが。

この状態のまま、ポジティブに振舞えば良いなんて、不自然だろうが。

日々、絶えず巡ってくる「他人軸から自分軸へと変えるきっかけとなり得る出来事」をつかめないまま、私は、大型トラックに追突されるという、大きな衝撃によって立ち止まります。

他人軸から自分軸へ変えるきっかけとなった出来事

他人軸から自分軸へ変えるきっかけとなったのは、二年半に渡る、交通事故の後始末でした。

当初から、納得して後始末を終えたいと思っていたのだけれど、受傷後しばらくは心身のダメージで、それどころではありませんでした。

事故から半年以上が過ぎる頃、何とかしなければいけないと思い始めたのですが、事故に関する知識が何もありません。

そこで、「被害者も勉強して、実りある終わりを」と謳っていた、助っ人を探し出しました。

助っ人とのやり取りは、メール文書のみ。

つまり、私が主体的に動かなくては、何も始まらないということです。

最初の時、助っ人から、早急にやらなければいけないことに関する指示が出ました。

その時、前述した他人軸の癖によって「周りに迷惑をかけるから、やりたくない」と答えました。

「やりたくないなら、やらなければいい。
これはあなたの問題で、私の問題じゃない。」
と回答が来た時、本当に頭を殴られたかのような衝撃を受けました。

同時に「周りに迷惑をかけたくない」なんて、もっともらしいことを言いながら
「自分は動かずに安全地帯にいたまま、都合の良い結果が得られるよう、助っ人に動いてしい」
と期待した自分の狡さに気づいて、恥ずかしくなったのです。

そこから、気持ちを改めて「助っ人からの指示は、全部実行する」と決めたのでした。

自分軸を作るためにやっていたこと

私が、自分軸をつくるためにやったこと。

それは、ヒト・モノ・コトを変えた状態で、自分がどうしたいのかに沿って

  • 伝える必要のあることが何かをわかって具体的に伝える
  • 聞く必要のあることを聞く
  • やる必要のあることが何かをわかってやる

こと。

最初の課題を実行した時、私は、周りの全面的な協力を得て、無事に関門を突破することができました。

人の優しさや暖かさに触れ、とてもありがたい気持ちになりました。

でもこれは、約二年に渡る後始末の始まりに過ぎませんでした。

自分軸を作るにあたり生じた問題とは何か

私には、新しい問題が生じていました。

助っ人からの指示は、全部実行する(自分軸で行動する)と決めたはいいけれど、私の内側は、他人軸の方がうまくいくと根強く感じたまま、だったのです。

毎回、助っ人から
「あなたはどうしたいのですか?
あなたがどうしたいのかが一番大事です。」
と言われるのですが、いつも「自分がどうしたいのかなんてわからないな・・」と感じていました。

でも、無理やりひねり出すしかありません。

「これで合っているのかわからないな」と思いながらひねり出し、それを助っ人に伝えると、次の指示が来ます。

そこから必要な準備をするのですが、毎回、行動することに対し、絶対にうまくいくはずがないという強い抵抗を感じていました。

自己主張することで、否定されたと感じて、傷つくのを回避したかった他人軸の私は、自分を守るために「うまくいくはずがない」と感じて、諦めようと自らに仕向けていたのです。

なので、頭ではやらなきゃとわかるのだけれど、気持ちが全然ついていかないのです。

でも、やるしかない。

恐る恐る行動していたのですが、自分の欲・意志と思考と行動が結びついているので、当然、相応の結果も得られる訳です。

結果が出るたびに安堵したり、拍子抜けしていたのを、今でも覚えています。

一つ、また一つと結果が出て、少しは慣れたような気はしても、私の内側は、相変わらず、圧倒的に他人軸の方がうまくいくと感じていました。

結果が出るたびに、次のヒト・モノ・コトへのハードルも上がります。

そのような中で

無自覚の他人軸の癖が根強い中で、自分軸で動かなければいけない

というのは私にとって、ものすごく負担で、ストレスが半端なかったです。