他人軸と自分軸は使い分けもバランスを取ることもできない|軌道修正術を提供する背景

他人軸と自分軸は、場面によって使い分けたり、ちょうどよくバランスを取ったりするものなのでしょうか。

他人軸と自分軸は、使い分けられないし、バランスを取ることもできない

自分は、他人軸・自分軸、どちらを身につけ、使っているのか である

私は、これらのことを、EFTタッピングを使って、ヒト・モノ・コトに触れる、自分のネガティブな感情をありのまま認め掘り下げるセッションや講座を延べ、1,300名様に提供する中で気づきました。

使い分けができないために

  • ありのままの自分を認め受け入れる方法
  • ネガティブな感情への対処法
  • 他人軸の直し方
  • 自分軸の作り方
  • より良い人間関係の築き方

を統合し、自分・相手・社会の三方良しを目指す「軌道修正術」を提供しています。

これは、一つの悩みを題材に、EFTタッピングを使って自分と向き合いながら、さまざまな悩みの根本にある他人軸の構造を理解し、それに対応するために必要な自分軸の作り方を段階的に学び、実践するという内容です。

この記事では、他人軸と自分軸の違いを例で説明しながら、セッションや講座の提供を通じて明らかにしてきた

  • 自分軸・他人軸とは何か
  • 使い分けたり、バランスを取ったりすることができない理由
  • アイホージュで「他人軸から自分軸へ軌道修正する」取り組みをしている理由

をお伝えします。

目次

他人軸・自分軸とは何か

他人軸・自分軸とは

他人軸とは、ヒト・モノ・コトに触れる際に「周りとうまくやろう」という固定意志に沿って、自分の中で生じる意思(感覚・感情・思考)を抑圧する、欲求の満たし方のこと

自分軸とは、ヒト・モノ・コトに触れる際に 自分の中で生じる意思(感覚・感情・思考)をありのまま認めて 「では自分がどうしたいのか」意志を引き出し活かす、欲求の満たし方のこと

意思とは、感覚・感情・思考のこと。

「嬉しいな」「嫌だな」「やりたくない・やりたい」「困ったな」「面倒」「何か変」など、ヒト・モノ・コトに触れた際に自分の中で生じる、断片的な気持ちのこと。

意志とは、ヒト・モノ・コトに触れた際に生じる、自分の意思を、自分がありのまま認め、掘り下げることで、初めて引き出せる「では自分はどうしたいのか、どうするのか」実行を前提とする、自分が決めた答え。

他人軸と自分軸では使い分けができない理由

  • 外側の「ヒト・モノ・コト」に意識を向ける他人軸
  • 内側の「ヒト・モノ・コトに対する自分の意思」に意識を向ける自分軸

では、それぞれ意思と意志の扱い方が異なります。

だから、「他人軸・自分軸どちらかを使っている」のであって、使い分けも、バランスを取ることもできないのです。

それを例を使って説明をしましょう。

自分軸と他人軸の違い例

例えば、誰かに誘われた時に、内心「嫌だな、行きたくないな。」と思ったとしましょう。

他人軸の例

他人軸の場合
「周りとうまくやろう」という固定意志によって、
「断ったら悪いな」
「皆も行くって言うし」
「行きたくないって言えない」
「行きたくないのを察してくれないかな」、
などと思いながら、行きたくないという自分の本来の気持ちに蓋をし「行きます」と答える。

行ったは良いけれど、楽しめなかったり、来るんじゃなかったと不満を感じたり。

皆は楽しそうに見えるのに、自分だけがそうじゃないと疎外感を覚えて悲しくなったり。

嫌だったのに頑張って参加した自分に対する、周囲からの配慮がないと感じる時。

つまらなそうに振舞って周りに「どうしたの?」と声をかけられることもあるかもしれません。

反対に、思いがけず楽しくてはしゃいでいる時に、誰かのちょっとした言動が引っかかり
「私、あの人に何かしたかな?」
「何か気に障るようなこと言ったかな?」
「あんなこと言わなきゃよかったかな」
「あの人、違う人と話している時は楽しそうなのに、私とはつまらなそうだった。
私、何か悪いことしたかな。」

といった具合に、

「周りとうまくやろう」という固定意志によって、いつも人の気持ちを考えながら「どうすればいいのか」自分の在り方を考えている

つまり、自分の在り方を変えることで、相手を思い通りにコントロールしようとするのです。

これは「性格が悪いから」ではありません。
日々積み重ねた他人軸が、自覚なく、自分をそうさせるのです。

自分軸の例

自分軸の場合は、嫌だな、行きたくないという自分の気持ちを認めて、何が嫌なのかを掘り下げ、自分を理解します。

その後に、「自分にとって行く必要のあるものか、ないものなのか」を判断する。

仮に、必要がないと判断したとしても「どうしても断れない」時は、「断れないから行く」と決めた自分の選択に責任を持ちつつ、行くなら楽しもうと割り切って「行きます」と答える。

それでも、楽しめなかったり、早く帰りたいなどと思ったら、なぜそう思うのか自分の気持ちを理解し、最終的に「断れないから行くと決めたのは自分」と捉える。

行く・行かない、どちらであっても、その選択に責任を持つのです。

人は本来、自分軸で三方良しを目指して生きられるようになっている

人は本来、自分軸で、自分らしさを活かして、三方良しを目指して生きられるようになっています。

そのために

  • 自分の内側である、「自分」の意思と意志を扱う「自分」
  • 自分の外側である、「他人」との関係で扱う「自分」の意思と意志

というふうに、常に、自分の意思と意志が中心になる、自分軸で生きる必要があるのです。

答えは自分の中にある、というのもうなずけます。

他人軸では自分軸の「自分はどうしたいのか」意志を引き出せない

他人軸の場合は「固定意志」が「自分がどうしたいのか」に当たります。

これにより、表面上自分の意志を抑圧します。

意思をありのまま認めて、自分軸の意志「どうしたいのか」を引き出すことが、必然的にできなくなります。

そのため、あなたは、本当はどうしたかったの?と聞かれると、固定意志に沿って、抑えていた意思を口にします。

例えば

  • 本当は行きたくなかった
  • 嫌だったのに、断ったら悪いと思って断れなかった

などの意思に留まるため、「自分が行くと決めた」ことには意識が向かないのです。

このことからも、他人軸と自分軸は、使い分けができないし、バランスも取れないと言えるのです。

なぜ他人軸と自分軸のバランスが重要と言われるのか|アイホージュの考察

じゃあ、なぜ、他人軸と自分軸のバランスが重要と言われるのでしょう。

それは「他人軸の状態で捉える、他人軸と自分軸」というものがあるからです。

他人軸で捉える自分軸を、自分軸で捉えると他人軸なのです。

ちょっとややこしいですが、その違いを説明しましょう。

他人軸の人間関係

自分軸の人間関係が、「互いの意志の違いを尊重する」のに対し、他人軸は

どちらかが表面上、自分の意思を抑圧して相手に従うか
もしくは双方が抑圧するか

という上下、従属の関係なのです。

周りとうまくやろうとしているのにうまくいかない

「周りとうまくやろう」という固定意志によって、いつも人の気持ちを想像しながら「どうすればいいのか」自分の在り方を考えているのに、相手からは、思い描いたような反応が一向に得られない。

そんなことが続くと、不満が溜まり、抑圧していた意思が表に出てきます。

これは「配偶者」「パートナー」関係をイメージするとわかりやすいかもしれません。

固定意志によって「思っていることを言ったら傷つける」と感じるので、思っていることは言わずに、態度や雰囲気に出したり、ちょっとした嫌味を言ったり、相手の様子を伺いながら、一挙一動に腹を立てたりします。

第三者に話してスッキリしても、肝心の相手には思っていることが言えないと感じます。

「相手のことなんて気にしない」と思いながら、ストレスの解消をしたり、違うことをやったりしながら、ずっと気になって仕方がないという状態にもなります。

全然うまくいっていないのに、この方法で「周りとうまくやれる」と感じているのです。

我慢(抑圧)の限界

そうこうしているうちに、我慢(抑圧)の限界が来ると「もうどうなってもいい」と相手に対し、爆発することがあります。

抑え込んでいた意思を勢いに任せて、分別なく出して「言ってやった」「こんなにあなたのためを思っているのに」という状態になったことはあるでしょうか。

「自分軸のどうしたいのか」意志を引き出して必要なことを伝えている訳ではないので、後味が悪くなるかもしれません。

固定意志に沿って、相手の機嫌を取ろうとしたり、配慮しようとしたりするかもしれません。

もしくは、謝ったら負けた気がするから、謝りたくないと思うかもしれません。

相手もまた他人軸であるなら「人とうまくやろう」という固定意志に沿って、配慮しようとします。

そのため、爆発によって、一時的に、表面上は関係が良くなります。

でも、喉元を過ぎると、同じことが繰り返されるのです。

ヒトを変えて、自分の意思を抑圧・漏らす・爆発という対応を繰り返すので、他人軸って疲れるのですよね。

そこで「我慢せずに、好きなことをやろう、やりたいことをやろう、言いたいことを言おう」という他人軸で捉える自分軸に行き付くのです。

我慢をやめて好きなことをやろうは他人軸

本来、「我慢すること」と「やりたいことをやる」はそれぞれ別な話。

でも、他人軸の場合は、固定意志に沿って、周りの人とうまくやるために、自分の意思を抑圧(我慢)がスタンダード。

だから

我慢をやめる=抑圧してきた意思に沿って動く=相手への配慮をせずに、自分のやりたいようにやる

と捉えます。

他人軸で捉える他人軸と自分軸のバランスを取るとは

  • 他人軸が「周りに配慮するために自分を抑える」
  • 自分軸が「相手への配慮なく自分のやりたいことをやる」

という捉え方であれば、自分軸が自分勝手でワガママ、自己中と言われるのも、他人軸と自分軸のバランスを取ろうというのもうなずけます。

他人軸で捉える自分軸は他人軸である

我慢をやめる=抑圧してきた意思に沿って動く=相手への配慮をせずに、自分のやりたいようにやる

は、他人軸で捉える自分軸です。

本来、自分軸とは「自分と他者の意思・意志の違いを尊重した上で、自分がやりたいことをやる」を意味します。

自分がどうしたいのかをわかって動くことが、自分と相手を守ることにつながるため、自分勝手でも、ワガママでも、自己中でもないのです。

他人軸で捉える自分軸で生きると自分も周囲も守れなくなる

大人が、分別がつかない幼い子どものように、感情の赴くままに動き

  • すきなことだけやる
  • いやなことは一歳やらない
  • やりたくないことは一切やらない
  • やりたいことだけをやる
  • 食べたいものだけをたくさん食べ続ける

を実践し続けた場合、人間関係のトラブルはもちろん、自分が成長したり、能力を育んだりする機会を失ったり、人からの信用を失ったり、健康を損なったりして、自分も周囲も守れなくなるのです。

そうならないために、成長過程において、周囲とのやり取りをしながら、意思と意志の扱い方である、他人軸か自分軸、どちらかを身につけ、日々、使い続けているのです。

他人軸のまま自分軸のどうしたいのかで動くこともある

時に、他人軸のまま、自分軸の「どうしたいのか」意志に沿って、行動することもあります。

でも、「周りとうまくやろう」という固定意志に沿って、自分軸のどうしたいのかを実現することになるので他人軸からは逃れられないのです。

例えば

  • やりたいことをやったら、周りに文句を言われるから隠れてやる
  • 好きなことをやったり、欲しいものを買ったりすると罪悪感を覚えて楽しめない
  • 周りから隠れて何かをやることに背徳感やスリルを覚える

など、他人軸の積み重ねによる影響が色濃く出ます。

自分軸でやりたいことをやるとは

自分軸でやりたいことをやる時は

  • 意思をありのまま認めて、「自分がどうしたいのか」意志を引き出す
  • 自分に意志があるように、相手にも相手の意志があり、その違いを尊重する。必要があれば、合意点を見出し実行。合意がないのであれば、合意しないことに合意する

という二つの基本を押さえて、自分・相手・社会の三方良しを目指します。

他人軸でやりたいことをやるのとは、根本的に違うのです。

使い分けもバランスを取ることもできないから軌道修正をする

以上のことを踏まえて、アイホージュでは、他人軸と自分軸は使い分けられない。

バランスを取ることもできない。

本来、人は自分軸で、自分らしさを活かして、三方良しを目指して生きられるようになっている。

というスタンスで、他人軸から自分軸へ軌道修正術を提供しているのでした。

伊藤

他人軸から自分軸へ、いきなり生き方を変えることはできません。

次の記事では、アイホージュで行う「他人軸から自分軸へ、意思と意志の扱い方を変える軌道修正術」について説明します。

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