自分軸教習所を運営する、アイホージュの伊藤みつるです。
この話は、学生時代に足元がぐらついていた私が思い、感じ、考え、行動したことなどが、アイホージュの立ち上げと現在のEFTタッピングの内容へとつながっていく、連載ものです。
ガールスカウトを辞める直前の夏の話
短大一年の秋、私は、ガールスカウトを辞めました。
そのような展開になるとは思っていなかった夏、私はリーダー部門で行われた名古屋でのシンポジウムと、高校部門の引率として戸隠キャンプ場へ行っています。
この年の戸隠キャンプは、私が高校二年生、三年生の時に体験したものとは全然違いました。
全国から高校生部門の人たちが集まっているのだけれど、自分の所属団や、都道府県でまとまって動くスタイル。
意図的に、別の都道府県の人との交流を図ることがあっても、その場限り。
せっかく青森から戸隠に来ているのに、県のキャンプ感が否めなくて、引率してきた高校生部門の子たちに、醍醐味が伝えられず、個人的には残念に思っていました。
前年と今年の比較
そんな中、私は、目の前に広がる景色を前に、前年と今年の違いを実感していました。
「地区長という肩書のない、今年の自分」には、当たり前ですが、去年と同じような、周囲の視線が自分に集まるようなことは起こりません。
それが現実であることに、ふとさみしい気持ちになったものの、「去年は、地区長の肩書を通じて、周囲の視線が自分に集まっていた」のだと、改めて思ったのです。
思いかけない嬉しいこと
でも、嬉しいことがありました。
私が参加したシンポジウムやキャンプで、再会があったり、時折、知らない人から声をかけられたりしていたのです。
共に過ごした時間が、楽しい思い出として、誰かの中に残っていたこと。
そして、そのことが、同じ団の人たちの間で話題になっていたこと。
その話を聞いた方が、参加したキャンプやシンポジウムで、私を探し当てて、
「●●さんって覚えていますか?
あの時のキャンプ、面白かったって言っていました。」
「よろしくって言っていました」
と伝えてくれたこと。
肩書を通じて、得たもの、築いたものが、確かにあったと知る機会が私にはあったのです。
肩書に対する思いが変わる
アイホージュを立ち上げる時、私は「肩書に関係なく生きたい」と思っていました。
これは「地区長」の肩書による影響だったのは、間違いありません。
でも、今では「肩書」とは「自分が伝えたいことを、伝えたい人に、伝えるために、便利なもの」と捉えています。
次の話は、「話でどういう人生を歩みたいのかわからなかった|運に関係なく生きたい」というタイトルで、私の就職活動について触れています。

