運で入った会社で運に関係なく生きる土台を自覚なく作っていた話

自分軸教習所を運営する、アイホージュの伊藤みつるです。

この話は、学生時代に足元がぐらついていた私が思い、感じ、考え、行動したことなどが、アイホージュの立ち上げと現在のEFTタッピングの内容へとつながっていく、連載ものです。

目次

運に関係なく生きたいという望みを仕事を通じて自覚なく実現する

運に関係なく生きたいのに、運で会社に入った。

そう感じていた私ですが、縁故ではないし、試験や面接など、正規のステップを踏んで採用されているのです。

「採用する予定じゃなかった」と言いつつ、最終的に私を選んだのは会社。

そのことに気付けなかった当時は「採用予定じゃなかった=本当はアンタじゃない」にばかり意識が向いていました。

そのため「運に関係なく生きたい」という望みを、この会社で実現することになるとは、思いもしなかったのです。

自覚なく望みを叶えるきっかけを得る

入社一週間後、早くも望みを叶えるきっかけとなる出来事が生じます。

「みっちゃん、私、来年の3月に辞めるから。上司には年明けに話すね。」

一年上の先輩から言われて面食らいました。

この時点で営業所内で事務として働いていたのは、この先輩と、7月に退職する先輩と、私。

支店には先輩方がいて、他の営業所には同期もいるから、わからないことは聞けるのだけれど、同じ業務について頼れる人が所内からいなくなる上に、後輩が入ってきて教えることにもなる。

「一年で(実務)を全部覚えなきゃいけないのか。責任重大。」

早々に辞めるという頭はなかったので、運頼りや、その場しのぎ、やっているフリでは済まなくなりました。

念願通り、足元のぐらつきに手を打つことになったのです。

前回、就活の話を書きましたが、「一緒に同じ会社を受けよう」と誘ってくれた友人は、退職するまで先輩方が辞めずに一番下のままだったと聞いているので、仮に私の推薦が通ったなら、足元のぐらつきには手を打てても、独立と言う頭は持たなかったと思うのです。

そう考えると、私と入社した会社との間には、強いご縁があったと言えるでしょう。

会社での仕事とアイホージュで取り組んでいることって同じ?

EFTを提供し続ける中で迎えた2016年。
何気なく過去を振り返った時、同じ自分の人生なのに全く違って見えた話を書きましたが、その流れで気づいたことがあります。

それは
「新卒で入社した会社で取り組んでいた仕事と、EFTで提供している内容って同じじゃない?」
ということ。

同時に「同じなら、なぜやめたのか」という疑問も湧きましたが、実のところ「同じ」ではあるのだけれど「決定的な違い」もあったのです。

「違い」に取り組むのは、会社を辞めてからなので、その話は後の回で。

会社員として取り組んでいたこと

営業事務職として、デリバリーと呼ぶ、受発注を担っていた私のメイン業務は、企業間取引、いわゆるBtoBにおける、電話でのやり取りや入力。

これらを通じて、やっていたのが

  • 電話による、ヒト・モノ・コトを変えた、交渉と調整
  • 争奪戦の中で行う、選択と決定、指示
  • 決められた時間を守って動くこと
  • 未来に起こり得ることを想定して、先手を打つ
  • 自分の一手の影響を知る

などです。

足元のぐらつきを止めるために必要だった二つのこと

さまざまな制限や制約のある、会社のシステムや業務に沿って

  1. ・個人としてではなく、メーカーの一社員としての自分の意思を尊重する
  2. ・自分と相手の意思の違いを尊重し、必要があれば合意点を見出し、実行する

という、EFTで提供する、二つの基本を押さえた交渉を、取引先、工場、倉庫、時にドライバー、所内などで行う日々を過ごしていました。

私は、会社のやり方・型に沿って、二つの基本を身につけていたのです。

私にとって仕事とは何だったのか

小学校の高学年から、学んだ断片的な知識が自分の中で、つながりや広がりを持たないまま増えていく状態を「勉強の仕方がわからない」と表現し、それを解消すべく「生きていく上で、基本的に何を押さえる必要があるのか」を知りたかった私にとって、

仕事とは、日々、決まった流れに沿って、二つの基本を繰り返し身につける取り組み

だったのでした。

足元のぐらつきがかなり緩和された上に、対価としてお給料が得られていたのだから、素晴らしいですね。

型にはまることは窮屈なんかじゃない

型に沿ったり、はまったりする生き方のことを「窮屈」、そこから抜けることを「自由」と表現することがあります。

そう思っていた時期もあるのですが、EFTを積み重ねた今は違います。

理由は三つあります。

一つ目は、人生とは、生きるとは

まずは、ヒト・モノ・コトなど、出来事を変えて、日々、自分の意思を自分で扱う

という、型にはまった、盛大なるルーティンだから。

二つ目は、自分は自分のことを、一つを除いて何も選べないから。(これについて詳しくは別の記事で触れます)

三つ目は、出来事を変えて繰り返す、二つの基本を押さえた、日々のルーティンによって、

一つ一つの意味のある業務が、自分の中でつながりはじめ、それが少しずつ深みとなっていく面白さ

が得られたから。

一回、一回は大したことがないと感じていても、日々の積み重ねが深みとなり、それが満ちた時、一つの大きな「自分がどうしたいのか」が生まれるのです。

自分の一手の影響を知る

私にとって、会社員の頃と、アイホージュの運営は地続きです。

そのため、デリバリーとEFTの「ことば」作りは、似ています。

例えばデリバリーで、基本をないがしろにしたり、入力ミスに気付かなかったり、独りよがりで手配を進めたりすると、その影響は、取引先、工場、倉庫、ドライバー、現場で商品を受け取る人、使う人、所内などと果てしなく広がりますし、自分にも返ってきます。

事務職の私は、座席にいながら、謝罪と後始末をするしかないので、慎重にならざるを得なかったのですが、これらの経験がEFTの「ことば」作りに活きています。

セッションなどで、自分の打つ一手が、クライアントさんご自身や人生に、どんな影響が及び、広がるのかを追いかけながら、一つ一つの「ことば」をつなげることで「軌道修正術」の流れが見えてきました。

このような過程があるため、アイホージュのEFTの一つ一つの「ことば」には、目的や意味があるのです。

信用も二つの基本の積み重ねで得られるもの

EFTを通じて、信用も、二つの基本の積み重ねで得られるものだと気づきました。

デリバリーでミスした時の私の対応パターンは、

間違ったら、まず謝る。
現在の状況を説明し、今何があって、何がないのか、何ができるのかを伝える。
その上で、取引先の判断を仰いで再手配する。

なのですが、これがEFTで提供している、軌道修正の原型です。

うまくいくと思い込んでいたけれど、実際はうまくいっていないと気づいて、必要な対応を取る

私が、この対応を身につけるきっかけは、入社した年の忘れ難いミスでした。

常日頃、口調が怖いと思っていた、取引先の方の注文に対し、私が指定時間の入力を間違え、予定より到着が早くなったのです。

これだと現場が混乱するので、当然、お叱りを受ける訳です。

なぜそうなったのかを問われた私は、震えあがりながら、取引先からは間違いなく時間指定を受けていたことと、私が入力を間違えたことを伝え、謝罪をしました。

怒鳴られるのを覚悟していましたが、少しの沈黙が流れた後「わかった。後は俺に任せろ。」と電話が切れました。

ただでさえ信用のない新人なのに終わったと思いましたが、次から指名されるようになったのです。

在籍中、様々なミスをしましたが、この時の「間違いはごまかさずに認めた方が良いし、早い」という実体験が私の中に根付います。

願いが叶い、欲しいものを得ているのに気付かない私

「運に関係なく生きたい」という願いを実現し始めたとは、全く気付いてない私は、入社当時から、自分のことを物覚えが悪いと思っていました。

なぜかというと、私が採用されるきっかけとなった先輩が7月に辞めるまでの4カ月間、何度やり方を聞いても、赤伝が切れなかったからです。

赤伝とは、返品や破損、金額など、さまざまな訂正に関わる伝票処理のことです。

その度、先輩に声をかけていたのですが、嫌な顔をされることなく、毎回優しく教えてもらっていました。

わからないと感じていた私は、実のところ、自分の中で、

部分的な業務をつなげて、全体を捉えながら、一つ一つ、赤伝の意味を理解しようとしていた

のです。

EFTをしていなかったら、これが私の納得のいく学習方法であると知らないまま、自分のことを「物覚えが悪い」と思い込んでいたでしょう。

納得を求める自分のことを、物覚えが悪いと捉えるなら「私は、欲しいものを得ていても、気づけないし、活かせない」のです。

現に私は、仕事を通じて「運に関係なく生きるために、二つの基本を身に着ける」取り組みをしていただなんて気づきもしませんでしたし、勤続年数が上がるにつれて「大変な時も多いけれど、誰にでもできるし、大したことがない仕事」と感じていました。

けれど、その「大したことがない」と思っていた日々の積み重ねこそが、後に、アイホージュの立ち上げや、EFTの土台となっていくのです。

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