自分軸教習所を運営する、アイホージュの伊藤みつるです。
この話は、学生時代に足元がぐらついていた私が、知らず知らずのうちに会社で土台を築いていたことが、アイホージュの立ち上げと現在のEFTタッピングの内容へとつながっていく、連載ものです。
体調の悪さを根本改善したい
前回触れた通り、仕事を通じて、知らず知らずのうちに探していた、生きる上での基本を身につけ始めていた私には、もう一つ課題がありました。
それは「体調の悪さを改善すること」
私は常にぼんやりとした、調子の悪さを感じていました。
就職して一年目の冬。
業務での争奪戦やら交渉によるストレスで、通勤の際に、職場の最寄バス停一つ前まで来ると必ずお腹を下すようになっていました。
肌荒れも酷く、赤らんでかゆみもありました。
貧血や立ち眩みはしょっちゅう。
疲れやすく、いつも眠くて、だるさを覚えていました。
この頃、愛飲していたのはリポビタンDです。
気管支炎と蟹
23歳の夏に気管支炎を起こし、病院通いをするようになったある日の診察で、医師から「何だこの蟹みたいな手は」と言われました。
なぜに蟹・・。
痩せすぎだから、何か病気なんじゃないか。
腸の内視鏡検査を受けたまえ。
という話から「身が入っていなくて、骨っぽい」という表現だったのかもしれません。
検査の結果は、異常なし。
この時の「蟹」という言葉は、思った以上に、私に刺さりました。
病院通いと薬が増えるようになり、対処ではなく、根本的に何とかしたいと思うようになったのです。
でも、思うだけで実際は「どこかに特別な秘儀が何かあるんじゃないか」なんて期待をするだけで、何をやっていいのかわかりませんでした。
後に私は「根本的に何とかしたい」という願いを実現するのですが、やっていたことが余りに当たり前過ぎて、渦中にある時は「自分が望んたことに着手している」とは全然気づいていなかったのです。
秘儀を求めて灯台下暗し
26歳の夏。
雑誌に掲載されていた、中(国)薬を扱う薬局に、興味が湧きました。
中薬に「体を治す、特別な秘儀」を期待していた私は、青森にもこんなお店があるんだと思い、さっそく出向きました。
腕帯をまきつけるタイプの機器を使い、体内の数値を測定。
私の数値を見た、薬局の方(日本人です)が、大きなため息をついた後、放った言葉が「まずはちゃんとご飯を食べて下さい」
これが、私の「根本的に何とかしたい」の始まりでした。
え?
そんなこと?
当たり前のことを言われ、拍子抜け。
同時に、びっくりもしていました。
私は、ちゃんと食べていないという自覚が、全くなかったからです。
小学校高学年の頃から、母がフルタイムで働くようになり、晩ご飯を作っていた私は、何なら「栄養的にバッチリ」なんて思っていたのです。
でも、そう思っていただけ。
口内炎ができて痛いから、ご飯食べないでビタミン剤で済ますとか、お菓子食べて終わってみたりしていたのでした。
父にも、栄養ドリンクで済ましていることを、注意されてもいました。
その結果、「調子を崩している」のに、「本人にその自覚がない」のだから、食生活の改善をしようなんて思いもしないのですよね。
根本改善したいと思いながら、どうしたいのかわからず、秘儀を求めていた私は「すごい何かをしなければ、自分の体は変わらない」と感じていたのです。
そんな訳で「ちゃんとご飯を食べる」ことが「自分の体を根本的に変える」一歩だったのです。
上司の予言|あなたの未来が視える
続く時は続くもので、直属の上司にも、食生活のまずさを指摘されました。
在職中、直属の上司は三回代わっているのですが、この方は二回目の人。
普段、業務の関係と時間的に外食が難しかったので、ランチは社内で取っていました。
「伊藤さんってさー、何か飢えている感じがするんだよね。」
カップ麺を食べていた私に、上司がそう言うのです。
う、飢えているだと?
上司はそのまま話し続けます。
「僕には、姉が〇人いるのだけれど、そのうちの一人が、若い頃に、伊藤さんのような食生活で年を重ね、四十代になって、体調を崩しているんだよ。
だから、僕には、伊藤さんの未来が視える。」
予言される始末。
「僕はね、伊藤さんにそうなって欲しくないんだよ。
でも、人ってね、一回、二回注意したからって、直らないからさ。
ちくちくちくちく言い続けるのが効果的なんだよね。」
そんな訳で、上司から、お昼ご飯チェックをされるようになったのでした。
お弁当箱に悩む
お昼を改めるとして、どうしよう。
今は違うのですが、当時はプラスチックのお弁当箱の密閉された匂いが苦手だったのです。
「曲げわっぱのお弁当なら、食べられそう。」
そう思い、購入しました。
このお弁当箱は、30年以上経った今も現役です。
上司の動物の勘
余りにも当たり前過ぎて、ご飯を食べることが、自分の体を根本的に変えることであるとは思いもしない私。
上司の予言に対し「はーい、わっかりましたー」と調子よく返しながら「ま、隠れて食べりゃいいか」と思うテキトーなことをしていました。
たまに、お弁当を持っていくのが面倒な時があるのです。
営業である上司がいなくなる日を狙い、今日くらい良いかーと、カップ麺を持っていくと、なぜでしょうね。
動物レベルで感知しているのか、上司が外出しないのです。
出かけるのを待っていても、いつまでも行かないので、仕方なくカップ麺を出すと「あ、またそんなもの食べてる!」なんてチェックが入るのでした。
このやり取りは翌年、上司が転勤するまで続きます。
楽しいこと、美味しいもの
食生活を改善するにあたり「一緒に同じ会社受けようよ」と言っていた友人家族の影響も大きかったです。
食べることが大好きな一家で、遊びに行く度に、手間をかけて作った美味しい料理を出してくれました。
今もそれは変わらずで、何かしら美味しいものが届いた時や、作った時には
「みつるさんの分を取っておいたのよ。」
と声をかけてもらえるのです。
若かった頃は、そのような日々に対し、特に何も思っていませんでした。
でもあれから30年が過ぎようとしている今、自分とは違う「周りの人達」から受けた、たくさんの影響が生きる上での糧になっていることを知っています。
小さな積み重ねと自分の変化
薬局に通うようになり、上司に言われて食生活を正すようになった私は、時折友人宅で美味しいものを頂きつつ、体質改善に取り組んでいました。
日々の小さな積み重ねによって、少しずつですが、調子が良くなってきたのです。
そんな私が会社を辞めると決めるのは、もう少し後の話。
物事には順番がある
2020年、私は、EFTで提供している内容を図に落とし込んでいた時に、
体の健康をある程度保った上で、初めて、自分がどうしたいのか、やりたいことに意識を向けられる
と気づきます。
物事には順番があり、私は「自分の意志(会社を辞める)に沿って動く以前に、体という土台を育む必要があった」
のです。
体調が悪いままでは「将来どうしたいのか」なんて、考えられないですものね。
そんなことよりも眠い、疲れた、だるい、めんどくさ・・と思っていたであろう昔の自分が、目に浮かびます。
元気に、50代半ばを迎えた今。
蟹の医師にも、薬局の方にも、上司にも、友人の家族にも、両親にも、感謝の気持ちしかありません。
というか、20代の自分、酷すぎぃ・・。

