自分軸教習所を運営する、アイホージュの伊藤みつるです。
この話は、学生時代に足元がぐらついていた私が思い、感じ、考え、行動したことなどが、アイホージュの立ち上げと現在のEFTタッピングの内容へとつながっていく、連載ものです。
重なった偶然のタイミング|未来を示唆する出来事
まだ会社を辞めることになるとはちっとも思っていなかった1997年、27歳の秋のことです。
仕事の研修で東京に出張した私は、雑誌の体特集に掲載されていた中国整体のお店に行きました。
施術を受けた後、イマイチだった体調がぐっとよくなり、背中がピンと伸びたことにビックリ。
これって、すごい。
感心して、受付にあった「あなたも中国整体を学んでみませんか?」というパンフレットを手に取りました。
私も勉強してみたいな。
一瞬そう思ったのだけれど、すぐに却下しました。
無理無理。
付き合っている人だっているし、青森から出るなんて考えられないな。
あっさりその思いを手放したのです。
まさかの展開とあの時のアレ
ところが。
付き合っていた人から、別れを告げられたのです。
あと10日もしたら、新年を迎えるという頃の話。
研修で東京に行ってから、2カ月弱が経っていました。
私はそれまで相手の素振りから、別れの気配を一つも感じ取れませんでした。
だから、相手の発言には多いに驚いたものの、同時に「あー、あの時のアレって・・」と内心思っていたのです。
あの時のアレとは、遡ること約2週間。
相手の運転でスキーに出かけ、うねうねと道路を曲がっていたその瞬間。
私の中でひゅっと、ある感覚が湧きました。
この感覚こそが「あの時のアレ」です。
その時私は「この感覚を、前にも抱いたことがある」と思いました。
でも、それが、いつ、どんな状態で生じたものだったのか。
思い出そうとしても、全然わかりませんでした。
なので、いったん諦めたのですが、20分ほど過ぎた辺りで思い出しました!
以前お付き合いしていた別の方と、別れ話になった時に抱いた感覚だったのです。
えっ?
思わず横を向き、運転していた相手の顔をまじまじと眺めたのは、言うまでもありません。
でも、見た感じはいつも通り。
そんなことがあったので、別れ話を始めた相手に「いつから、そう思っていたの?」と聞いてみたのです。
そうしたら、私が感覚を拾った日よりも前のことを話し始めました。
つまり、私の感覚は、事が起こる前に、相手の気持ちを拾ったことになる訳です。
おお。
我が動物の勘が作動したのか・・。
日常と人生の流れが変わる時
生きて行く中で、何げない日々の生活が、ぐっと変わる時があります。
別れはさみしいもの。
なのですが、あの頃の私は、肝心なことを何も話さず、表向きは相手に合わせて波風を立てず、穏便に過ごすことに注力していたので、関係が破綻するのは自然な流れだったと思うのです。
何とか長らえたとしても、Xデーの先延ばしにしかならぬ・・・。
でも不思議なもので、あのタイミングで、さよならしたことによって流れが変わり、私の人生は思いがけない方へと進んでいきます。
思いがけないと書きましたが、私の感覚は、自分として幸せに生きられるよう、誘っていたのだと今ならわかるのです。
振り返れば、重なった偶然のタイミングとそれに伴う自分の選択・行動が人生の流れを変えたのだと思います。
どちらかだけじゃなく、両方大事。
偶然その1 5年ぶりのハガキを受け取る
別れた気持ちを引きずったまま年が明けて2日目。
一枚のはがきが届きました。
差出人は、フィリピン人のT。
1988年、高校2年の時に長野県で行われたガールスカウトのユースキャンプで出会い、一緒のテントで5泊6日を過ごした友人です。
はがきに書かれていたのは、「今どこで何をしているの?私は結婚して子供がいるの。もしこのはがきを見たなら連絡を頂戴。」
私たちは、キャンプを終えてから5年程、文通を続けていました。
お互いの生活に注力していた時期だったこともあって、何となくやり取りが途絶えてしまい、はがきの受け取りは5年ぶり。
イロイロという都市に住んでいたTは大学進学を機にマニラ首都圏へ出ていたのだけれど、この時は、ミンダナオ州ダバオ市にいると書いてありました。
彼女がはがきを投函したのは、クリスマス辺りか。
となると、Tは私が落ち込んでいるのを知っていたんだろうか。
この偶然のタイミングに、そんなことを思いながら返信のはがきにあれこれ書き、メールアドレスも添えて投函しました。
偶然その2 パソコン購入とメールのやり取り
実は、付き合っていた人と別れた日は、私の手元に購入した初代パソコンが届いた日でもありました。
使い方はよくわかっていなかったけれど、メールだけは何とか打てるようになっていたので、何気なくはがきにアドレスを書いたのです。
一週間ほど経って、Tからメールが届きました。
やり取りが続くうちに、私の中で一つの思いが芽生えます。
失恋旅行と称してゴールデンウィークに、フィリピンに行こうかな。
この思いが湧いた時、我ながらびっくりしました。
なぜなら私は、ずっと飛行機を苦手と感じていたからです。
苦手と言っても、必要に応じて国内線は乗っていたのですけれどね。
国際線は高校の修学旅行以来で、海外旅行に誘われても「怖いから絶対にヤダ」と即答していたのです。
だからもし、付き合っていた人と別れていなかったら、確実に私は「久しぶりにTからはがきを貰った!嬉しい」で終わっていたはずなのです。
本当に行きたい所は怖くても行くのだと気づく
そんな訳で、フィリピンに行くと決めた自分に驚いたのですが、同時に本当に自分が行きたい所には、怖くても行くんだなと思ったことを覚えています。
ドキドキしながらTにフィリピンに行こうと思っていることをメールで伝えたら、hope to see youという返事がきました。
インターネット環境を得たことによって、手紙のやり取りでは実現不可能だった、幾たびの偶然が重なった旅が始まります。
行くと決めるまですっかり忘れていたのですが、私とTは、ユースキャンプが終わる時に「2年後に、また会おう」と約束をしていました。
早いもので、あのキャンプから11年。これは、あの時の約束を守る旅でもあったのです。

